曖昧批評

調べないで書く適当な感想など

「真田丸」最終回「疾風」の感想(その2)

2016-12-19 20:43:01 | 大河ドラマ


(前記事の続き)

きりは無事に千姫を秀忠の陣に送り届けた。懐に忍ばせた小刀で秀忠をサクッと殺ってくれないかと期待したが、そっと退場しただけ。

大坂城では内記が昌幸の位牌を抱えて戦死。作兵衛も畑を守るようにして斃れた。彼は天王寺でもかなり被弾していた。相当に多いHPの持ち主だった。大助は秀頼、茶々らのこれから自害する人たちに混じっていた。千姫は助命嘆願などしてくれなかった模様。夫を城に残してあの笑顔だもんなあ。

ていうか、千姫って何も役に立ってないよね。なんのための政略結婚だったんだ。彼女を活用できなかった豊臣上層部もアホだが。

火遁の術で家康本陣前から脱出した幸村と佐助は、安居神社らしきところで休息していた。最後に主人公の傍らに居る栄誉は佐助のものに。

幸村「いくつになった」
佐助「55でございます」
幸村「……疲れたろう」
佐助「体中が痛いです」

そんなに歳いってたのか。まあ、昌幸にも仕えていたわけだしなあ。

そこへ敵兵が二人やってきた。疲れ切ってぐったりする幸村に敵兵が近づく。

ボロボロになってorzの姿勢からの、昌幸考案の卑怯ナックル(クナイを指の間に挟んで殴る)で敵兵を始末。こんなに卑怯な大河の主人公がかつていただろうか。いやいない。

だが、左肩を負傷した幸村は「ここまでだな」と自害を決意する。生き延びろ、望みを捨てるなと言い続けてきたのに本人は自害。無数の敵兵に包囲され、四方八方から撃たれるとかの死に方が良かったなあ。





とはいえ、切腹するぞ、介錯しますよという姿勢までしか描かれなかったので、その後敵大軍が来たとか実は逃げ切ったとか、いろいろ想像する余地はある。

同時刻。かどうかわかるような描写はなかったが、本多正信と山里を歩く信之の六文銭が、チャリッと音を立てた。六文銭はお守りではなく三途の川の渡し賃である。弟が今逝ったということかもしれん。そうじゃないかもしれん。

信之は松代藩を治める大名となり、松代藩からは何百年後かに幕府を倒す兵学者、佐久間象山が出る。徳川を倒すという真田家の宿願は、かなり後だが果たされる。と、ナレーションで多少溜飲を下げた。

そしてここでOPとテーマ曲。撮影時期も一年くらいは前なのだろうが、源次郎が若い。年齢を表現し分ける今のメイク技術は凄いな。

最終回のサブタイトルは視聴者が好きなようにつけていいとのことなので、色々考えたのだが、当初の予定だったと思われる「疾風」にしてみた。制作側が言うように、出来上がった最終回はいろんな思いや意味が詰め込まれていて、漢字二文字で纏めるのは難しい。端的に「惜敗」ってのも考えたんだけど、それだとせっかく死ぬシーンを映してないのに敗けが確定。妄想の余地がないからなあ。世間では家族とか真田とか言われてるようだけど、そういうのは華麗にスルーし、風のように駆け抜けた真田幸村の生き様のみ表す「疾風」とした。

・・・・・

世の中は真田丸ロスなのだそうだが、僕はそうでもない。昌幸、信之との絡みも楽しんだが、きりに言われるまでもなく、九度山脱出までの信繁は、何も成していない。僕にとって「真田丸」の本番は幸村に改名してからであり、それは確定している死に向かってカウントダウンしていく物語だった。幸村が死んでからの続きはないのだから、終わった今、もっと続きが見たいとは思わない。

スピンオフが作られれば、もちろん見るけど。

昌幸の死までは、真田家の愉快な仲間たちが戦国の世を生き抜く愉快なホームドラマだった。昌幸の死後、幸村改名からは信之の出番も減り、真田幸村伝説の舞台劇になった。「真田丸」というタイトルは、前半パートでは家族が乗り込んだ船という意味、後半パートでは戦闘要塞の名前という意味を持つ。ただ、戦闘の描写が少なめなこと、信之の方も多少は見せなければならないこともあり、後半パートが戦闘に振り切れていなかったのが、若干物足りなかった。

「軍師官兵衛」に続いて全話感想を書いたわけだが、前回と違って祭りに参加している感が強くて苦にならなかった。僕の場合、いわゆる「録丸」で、視聴するのは日曜の22時頃から。「早丸」や「本丸」の人たちとリアルタイムで楽しさを共有することはなかったが、一応毎回数百人の人がこのブログを読みに来てくれて、ムーブメントに参加している気にはなれた。

「真田丸」は、視聴者が作ったとも言われる。SNSなどの盛り上がりを反映させて脚本がどんどん変化していった。代表例は室賀正武の「黙れ小童」だろう。前半、あれが流行らなかったら、終盤の「だまこわ返し」はなかっただろう。今年は「シン・ゴジラ」や「世界の片隅に」なとユーザーが盛り上げる映画が多かったが、ユーザーが成長させた作品は、撮影しながら放映する大河ドラマの「真田丸」だけだ。その盛り上がりにちょっとでも貢献できていたら嬉しい。

「真田丸」は、完璧な作品ではないが、僕にとって一番お気に入りの大河ドラマにはなった。完璧ではなかった部分は、もちろん合戦シーンのショボさだ。最多で250人のエキストラを動員したそうだが、実際の大坂の陣は両軍合わせて40万近い。CGを使うなどしてでも、うじゃうじゃいる徳川勢を掻き分けて突き進む真田隊を見たかった。

そこで思いついたのだが、皆で作る大河ドラマというなら、熱心なネット民からエキストラを広く募集したらどうだろう。ハッシュタグに「#真田丸」をつけているような連中なら、ギャラなし交通費なしでも千人くらいは参加すると思う。というか関東圏内なら僕は出ます。素人に甲冑は重そうだし、組織で動く練習も必要だけど、作品に対する愛と情熱でなんとかなるのでは。

まあ、もう作ってしまったものだから、そんなの今提案してもしょうがないんだけど。

これからでも可能な合戦シーンの改良については、アニメ化が一番いいのだが、もっと現実的な方法がある。それはノベライズだ。小説なら40万でも50万でも好きなだけ大軍を出すことができる。三谷幸喜本人が書くのが無理なら監修でもいい。NHKは出版部門を持っているんだから、ドラマの脚本をベースにしたノベライズを、ぜひ検討していただきたい。



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