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森羅万象 ~ 歩く印象派

保育所の夏祭りで演奏してきた。

2006年07月15日 01時26分18秒 | 八木節
梅雨が明けたかのような猛暑だった。
音頭(八木節ではリードボーカルのことをそう呼ぶ)のTBさんの
知り合いのいるA市のM保育所の夏祭りで八木節を演奏して来た。

去って行く雷雲。

南の空はかなり明るい。

夕立が去ったあとで園内はところどころ濡れている。

アルミ製のミニ「リヤカー」で道具を運び入れる。
雨上がり、夕日が眩しい。

夕日に照らされた「なつまつり」の文字がはつらつとしている。

演奏に合わせ八木節を踊る園児達。

一方、こちらはこの保育所の「OB」(元園児)君たち。



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6 コメント

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日本の夏 (賽目)
2006-07-15 03:32:23
日本の夏といえば金鳥の夏ですが、こうした写真を見るとなんだか遠い昔にこういう国にいたなあなんて変な気分になります(笑い)。日本の子どもたちはカワイイね。日本という国はその子どもをあんまり大事にしているとは思えない。宝だと思うけどなあ、日本の子どもは。
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「宝」を大事にしない日本人 (ZERO)
2006-07-15 11:46:49
たとえば、私のやっている八木節も小学生までは

盛んに演っている子も(熱心な親も)多いのに、中学に行くようになるとパタッといなくなってしまいます。中学に行くと「そんなことやっていては、いい高校に入れませんよ。」的雰囲気がここかしこにプンプンしていて、なんというか、子供の置かれた環境に連続性がなく、寸断されてしまっている気がするのです。宝物をずたずたに引き裂いているという自覚が大人にまったくありません。
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いい高校いい大学 (賽目)
2006-07-15 14:55:44
ぼくの回りには世間で言ういい高校いい大学にいった人たちがたくさんいるけど、なんにもかわんないよねえ。それよりも八木節をずうっとやったりしたほうがよほど豊かだと思うのだけど。



子どもの時間って大切だよね。あのなんだかゆっくりと流れていく時間の感覚のなかでたくさんのものを学ぶのだけど、その時間が役に立たない英語の勉強とかに費やされていくのはほんとうに無駄。



わたしもそれなりにこうした共同体の活動に貢献しようなんて思った時期もあったりしたのですが、親との軋轢なようなものを感じて、身をひきました。こうした活動が子どものためのようなことをいいながら、実は大人たちが自分のためにやっていると感じたからです。



小学生や中学生の子どもたちが「打ち上げ」と称して、なにかにつけて金のかかる場所で集まるようになったりしてしまったのを見て、この共同体から自分の子どもたちを引き離さなくてはいけないと感じたものでした。
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 (太鼓叩き)
2006-07-16 09:36:42
やはし、そちらも雷。



東京もゴロゴロきた。でも、雨は降らなかった。



しかし、一枚めの女の子の表情、いいね。



リヤカーの後ろ、ZEROさんとちゃう?
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少数の (賽目さん   ZERO)
2006-07-17 01:00:09
友人には話しているのですが、今の日本人の大半が自分の周囲せいぜい半径で5~6m?位、時間でいえば(過去も未来も)5分程度の範囲内のことしか見えていないのではないかと。その(理解を超える)範囲以外のことは自分では判断できない。



残念ですが、賽目さんのおっしゃる「アジアをリードできない日本の存在はかなりのマイナス点」という認識に立てる方はほとんどいませんね。



今回の北朝鮮非難決議騒動における日本は欧州ではどのように映っているのでしょうか?
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リヤカーの後ろは (太鼓さん  ZERO)
2006-07-17 01:06:59
残念ながら私ではありません。

(音頭のTBさんです。)



一枚めの女の子ですが、「よくぞ振り向いてくれた!」

と感謝しております。

配偶者は「こんな写真撮っていて大丈夫なの?」

と別の心配をしておりました。

なるほど、せちがらい日本になっちまったなあ。

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