All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

「そして、遠く離れていても、いつも、いっしょにのんびりとがんばって行こうぜ」忌野清志郎さん

2009年06月26日 06時33分20秒 | Rock 音故知新
2009/05/28 10:13産経より

 ■「そして、遠く離れていても、いつも、いっしょにのんびりとがんばって行こうぜ」

 2日に58歳でこの世を去ったロック歌手、忌野清志郎さん。派手なメークと奇抜なヘアスタイルの一方で、小児がんと闘う幼児に直筆の手紙を送るという心優しい一面もあった。手紙を受け取った幼児の父親は「わが家の家宝として額縁に入れて飾っています。忌野さんの元気やユーモアを受け継いでいきたい」と話す。(竹中文)

 20年来のファンだった宮崎県日向市の会社員、甲斐譲司さん(41)が忌野さんにファンレターを送ったのは、忌野さんががんに侵されていることを知った平成18年の夏だった。当時2歳だった甲斐さんの次男、賢太ちゃんは、前年に「小児がん」の診断を受けていた。甲斐さんは、闘病中の賢太ちゃんの写真を同封し、便箋(びんせん)に「賢太も頑張っていますので、清志郎さんも頑張ってください」としたためたという。

 忌野さんから小包が届いたのは、それから約1カ月後のこと。小包にはサイン入りのTシャツや本など、忌野さんのグッズがぎっしりと詰まっていた。直筆の手紙もあり、力強い文字で「君のおかげで勇気がわいてきたよ。これからは、いっしょにがんばろう! つらい時は君を想い出すよ。君がつらい時は、ぼくを想い出しておくれ。そして、遠く離れていても、いつも、いっしょにのんびりとがんばって行こうぜ」と励ましの言葉がつづられ、結びには「ぼくも、今、頭はツルツルボーズだよ」とあった。

 手紙を読み、声を出して泣いたという甲斐さんは「仕事をしながら、4時間かけて次男が入院中の病院に通っていた時期でした。体力も気力ももう限界だと感じていたのですが、手紙のおかげで元気をもらい、なんとか乗り切ることができました」と振り返る。

 昨年、忌野さんが復活を記念して東京・日本武道館で開いたコンサートには、妻と2人で足を運んだ。「忌野さんが亡くなったときは、息をするのも忘れてしまうくらい茫然(ぼうぜん)とした」と言うが、今は「忌野さんからもらった元気やユーモア、優しさを受け継ぎ、伝えていきたいと思っている」。5歳になった賢太ちゃんは今は自宅療養中で、忌野さんからの手紙は家宝として額に入れて飾ってあるという。

 忌野さんと手紙で交流したファンは全国各地にいたようだ。所属事務所の担当者は「ファンクラブにはたくさんの手紙やプレゼントが届きましたが、彼はそのすべてに目を通していました。返事を書くこともあったようです。仕事場で手紙を書くようなことはなく、プライベートな時間につづっていました」。

 忌野さんと交流があった歌手の加藤登紀子さんは、がんと闘った夫を看取(みと)っている。「コンサート会場などで何度か忌野さんと会いましたが、いつも静かにほほえんでいました。がんと闘っている人と手紙で交流していたと聞いて、あの笑顔や歌は、そうした『愛』によって作られたのだなと実感しました。昨年のコンサートでは、闘病中に階段が一段も上がれなかったことを打ち明けながら、ジャンプしていましたが、その姿に勇気づけられた闘病者はたくさんいたはずです」と忌野さんをしのんだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿