goo blog サービス終了のお知らせ 

All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

初体験!桐生の八木節

2006年07月03日 18時07分20秒 | 八木節
昨日は群馬県桐生市の中央公民館というところで開かれた
桐生の八木節研修会に参加してきた。ここ桐生市は八木節
のたいへん盛んなところで発祥地の我がA市をはるかにしの
ぐ愛好家がいる。特に毎年8月の第一週の金土日の三日間
はその名も「八木節祭り」と銘打った一大イベントが市を
挙げて行われている。

さて、その桐生市の八木節愛好グループの一つである虎龍会
(なんだか怖そうな名前である。)から応援の依頼があった
のは5月の21日、私らが太平記館で観光八木節を披露した
直後のことである。

(なにやら「タイガー&ドラゴン」っぽい。)

虎龍会のO潟会長自ら出向いて話してくれた依頼内容は7月
2日(日)の午後に行われる桐生の八木節研修会に応援とし
て来て欲しい。理由はその日、虎龍会のメンバーが揃わなく
なってしまったからだという。なんでも、その研修発表会に
出てておかないと、「8月の八木節祭り」の出場権が得られ
なくなってしまう重要なイベントなのだそうだ。

会場はJR桐生駅にも近い市街中心部の新川公園そばの中央公
民館だ。駐車場に車を置き公民館に入ると様々な柄の八木節
半纏をまとった参加者でごったがえしていた。虎龍会の会長
さんにもすぐに出会え、演奏の順番や音合わせなどの打ち合
わせを行った。

特に音合わせは重要でお囃子の鼓の打つ回数が桐生とA市では
異なることや、出だしもA市が音頭が威勢良く「いよっ!」と
いう掛け声で始まるのに対し、桐生では笛がさびの一小節を吹
いてからなだれ込むといったように同じ八木節でも微妙な相違
点がある。もちろん、お囃子のメロディの展開自体にも同様な
違いがあるため、音合わせは前もって必要なのである。

あと、驚いたのが演奏自体にはあまり関係のない所作、例えば
お囃子の鼓や、笛、鉦などを演奏していないとき(待機)は、
正面に向けてきちんと揃えて微動だにしてはならぬなど、桐生
独特の決まりがることであった。各八木節チームで、好き勝手
に待機してはいけないようである。

      (群馬大学の八木節チーム3年生のお2人)
会場内で目を引いたのが若い人々を多く見かけたことである。A市
では高齢化が著しく、この先10年も経てば八木節演奏者の平均
年令は70歳前後にもなるような気がする。これに対し、桐生の
平均は30年は若い。2~3年前にできた大学生グループも参加
していた。踊りを中心に若い女性達も目立った。下の写真は全員
女性だけのグループである。元気があって音頭も声がよく通って
いた。

地元企業の後押しも見受けられた。半纏に企業名を冠したロゴで
わかった。虎龍会のO潟会長も某Oクラッチ会社の会長を兼ねてい
る。八木節を支える底辺がしっかりしているようだ。A市では見
られないことだ。

各愛好会の演奏を途中途中ではあるが。聴かせていただいた感想
だが、どうも、この日の出演者達はどちらかと言えば初めてこの
会場で演奏した人が多い印象を受けた。本番(8月第1週)の前
に自分のチームのメンバーで比較的人前で演奏した経験の浅い層
にここで体験してもらおうというのかもしれない。よく見ている
と各チームともベテランは前面に出ず、若手や経験の浅いメンバ
ーを後押ししていた。
一ヵ月後の「本番」を控えて、適度な緊張感を持って人前に立つ
雰囲気を味わってもらおうとする姿勢には好感が持てた。

肝心の私らが応援した「虎龍会」の演奏は、あっけなく終ってし
まった。やはり前述したとおり、音頭を含め初めて臨んだ方もお
られたようで途中で歌詞を忘れてしまった場面もあった。上がっ
てしまったのだろう。こういう経験を積んだ上で次第に普段通り
の実力を発揮できるようになっていくのだろう。

今回の桐生の八木節初体験はたいへん参考になった。こんな近く
で同じ八木節を演っていても、かなり中身は異なっている。連合
会といった「上」のお年寄り(幹部)クラスの交流は互いになさ
れているのだろうが、最前線で具体的な活動を日々行なっている
個別の八木節チームの面々同志の交流の場は少なすぎるというか
ほとんどない。今回のオファーだって、個人から持ちかけられて
のことだし。とりわけA市の八木節チームは桐生から学ぶ点が多い
と思う。(良いことだけではないだろうが。)

さて、帰りがけにO潟会長から「8月の本番も手伝って欲しい。」
との要望があった。はてさて、どうしたものか?ちょうどA市の
伝統的な大花火大会と重なっているため、難しそうだとは我が愛
好会メンバーの声。

快晴!太平記館にて八木節公演

2006年05月23日 18時34分45秒 | 八木節
(上の写真は音頭のM夫さんの後姿。颯爽とした法被の龍。)
天気はおそらくこれが見納め(?)というくらい素晴らしい五月晴れの空の下。
太平記館で八木節公演を行った。
やはり、晴れの威力は絶大!駐車場は「満車」の表示。

持参した道具を舞台に運び終えてほっと一息の面々。

「さあ、やるぞ!」
きりりと締めた豆絞りの鉢巻が凛々しい。
背中の龍も吠えそうだ。
(音頭のTBさんの心意気を感じるショット)

気分よく音が揃って演奏開始!

一時間はあっという間に過ぎてしまった。
いったん解散の後、夜は「橘」で打ち上げ。

八木節について語る(その2)

2006年04月13日 02時40分27秒 | 八木節
昨夜の八木節練習風景。鉦の持ち方です。

会長が太鼓を叩きました。会長の父君はあの伝説の堀込源太社中だったそうです。

笛ですが、前回の訂正があります。(下の写真)
上から
三番
四番
五番となります。

笛自体にちゃんと表示がありました。
音は三番が一番高く、五番が最も低い音です。(逆かな?)

こちらは鼓です。「チャカポコ、チャカポコ」というリズムを刻みます。

下は今年の観光八木節の公演日程です。
黄色が私たちの出演日です。ぜひ聴きに来て下さい♪励みになります。
時間は午後2時から3時までのあいだです。

会場は太平記館です。(栃木県足利市伊勢町3-6-4)
こちら→太平記館をクリックしてみて下さい。

次回はいよいよ音頭です。

八木節について語る(その1)

2006年04月06日 12時44分41秒 | 八木節
    (上の写真は私らの半纏の図柄=モデル?はM夫師匠)
毎週水曜の午後8時から自治会館で八木節の稽古を行っている。
いい機会なのでこれから一週間に一度くらいのペースで八木節
についてご紹介したいと思う。
しかし八木節学の権威(そんなのあるかな?)でもない私が書
くごくごく狭い範囲のお話なので八木節の全てを網羅する内容
にはほど遠いことをお断りしておく。(あちこち噛み付くし。)

今回はお囃子の楽器(道具と呼んでいる。)について
その前に八木節の構成は凡そ次のようになっている。
(1)音頭(ヴォーカル) 1名(樽)
(2)笛         1名
(3)太鼓      1~2名
(4)鉦(かね)     1名
(5)鼓(つづみ)   複数名(2~6人)
(6)踊り       複数名(制限はない) 

演奏スタイルだが(2)~(5)までのいわゆるお囃子(楽器陣)
が最初に演奏し、一区切りついたところで(1)音頭があの独特
の「ハア~ア~ア~♪」という発声とともに唄いはじめる。この
音頭が唄っている間(2)~(5)の楽器陣は演奏はしない。音
頭が一節唄い終えると、再びお囃子となる。あとはその繰り返し。
このように八木節の演奏はお囃子と音頭(唄)が交互に展開され
るスタイルが一般的だ。

 では楽器の紹介
これが樽。八木節の八木節たる所以の楽器だ。
八木節の創始者堀込源太の真骨頂はこの樽を使ったことにある。
何より音頭(ヴォーカル)が絵になる。形になる。ぼさっとつっ立っ
て唄うよりはるかにカッコイイ。唄うときは樽の両脇の箍を撥で
軽く叩く。これもちゃんと「トロンコ・スットン・スットントン」
というリズムがある。

こちらは笛。上の笛は市販品。赤く見えるのは漆である。
下の黒い笛はM夫師匠からいただいたもので師匠の手作りという
貴重品だ。和笛は4番とか5番、6番とかありましてて私のは4番。
4番の方が5番よりKEY音が低い。

下の写真は鉦(かね)。
甲高い音色で「チャンチャン・チキチー、チャンチキチー♪」と
鳴らす。高音で目立つが途中でミュートが入るなど意外と小技が
難しい楽器。

        (ちょいと長くなってしまった。続きはまた次回)

町の音響師逝く・・・YA田氏のご冥福を祈る。

2006年03月12日 23時48分12秒 | 八木節
 今朝、知らせ(訃報)を受け取った。
肝臓の癌を患い、ここ数年は入退院の繰り返し。
退院している間は、町内の納涼祭のPAや御神輿に
繰り出す八木節の山車の音響と大忙しであった。
特に八木節の山車では、運転も担当してもらった。

我が八木節チームの一員でもある。
癌との闘いのため、最近は休部状態が続いていた。

たいやきが小学5年のとき、育成会でYA田氏が会長
私が書記をやったときに知り合った。子供達を引き
連れ群馬県の赤城山で夏にキャンプを行ったのが昨
日のことのようだ。

若いときから芸能に秀でていたYA田氏は地元のTV
主催のカラオケ大会にもよく出演し賞も頂いていた。
とにかくマメな方だった。バス旅行では運転手を勤
め宿泊先のホテルでは国定忠次の衣装を身にまとい
「赤城の山も今宵限り♪」と唸った。

 大好きなお酒も癌を患ってからやめざるを得なくな
った。しかし、冒頭に述べたように、町内のイベント
が近づくと退院して、機材を運び音響の準備を整え当
日は自らPAを行った。そして、翌日にはまた入院。
驚くべき事に納涼祭のミキサーやアンプ、スピーカー、
シールド類等音響機器はすべて、YA田氏個人の提供で
あった。まさに町内の功労者である。
ここ十年の町内のイベントはYA田氏抜きには語れない。
永く、彼の栄誉を称えたいと思う。

明日の夕方通夜。
明後日の午後には告別式。

心よりご冥福を祈りたい。合掌。



いよいよ本年度の活動開始! 八木節愛好会

2006年03月09日 19時01分58秒 | 八木節
来週の3月15日の水曜より今年の八木節の練習開始。

恭正会長から連絡あり。

夜8時に自治会館集合。

第1回目の初顔合わせということで、練習終了後懇親会を行います。

メンバーのみなさん。今年もよろしくお願いします。

私的には「音頭」(ヴォーカル)にチャレンジしたいと思います。

もちろん笛の精進も続行します。


A市の八木節連合会新年会のふしだらさを糾弾す!

2006年01月29日 01時19分44秒 | 八木節
  今夜は、A市の八木節連合会の新年会に仲間3人と
ともに出席して来た。そして大いにあきれて帰って来た。
まずは下記の写真をご覧あれ。

 国会会期中に票目当てに日頃は見向きもしない八木節の
集いへ現れるなんとも情けない衆院議委員茂木氏の広報紙
が連合会の封筒にあらかじめ人数分収められているのは一
体何のためか?八木節に関する一文はいっさいなし!主催
者と茂木氏との関係が問われてもおかしくはない。
 ちなみに彼はホリエモンのライブドアから月々1万円を
今月までもらっていたというのだというが、よくもまあ今
夜この場にしゃあしゃあと来れたものだと思う。もちろん
私は大きな声でそのことを呼びかけたが。

 八木節という文化活動に市議会議員はいざ知らず県会議
員や先の茂木のような国会議員が大挙襲来するのは何のた
めか?こんなときばかり来ておべっかを使っても、はっき
りいっていらぬお世話である。

 そもそも、我が八木節の連合会会長が市議会議員なのは
どういうことか?政治色がぷんぷんしていると言われても
反論のしようがないだろう。

 私らが来てくれと頼んだ訳でもない「来賓」たちだが、
自分らの紹介が終わればさっさと会場から姿を消してし
まうあたりは確信犯だ。
(下記の写真は、“来賓”と称される彼らが帰る際に外した
ネームプレート。まだ宴は始まったばかりだ。)

 本末転倒なのは、日常的に活動している八木節のメンバー
が主人公でない点だ。連合会役員は上の官の方ばかり見てい
るとしかいえない。
 せっかくの八木節の集いに、八木節が一節も歌われず、つ
まらぬカラオケでお茶を濁すのはいかがであろう?

 会費5,000円というのももふざけている。
いくらビールや酒が飲み放題とはいえ
このメニューでは、参加者は納得いかない!
逆グルメしてしまうぞ!と言いたい。
(せいぜい、一人頭で3,000円でいいとこだろう。)



幸か不幸か、来年度の新年会は我がチームの属する地区が
幹事であるという。当然、私にも何らかのお役目が廻って
くるものと思われる。
 まずは、今回の決算をじっくり拝見させていただき、
正すべきは正し、悪しき習慣は廃していこうと思う。

八木節の有志で新年会(のようなもの)開催!

2006年01月10日 19時46分40秒 | 八木節
 8日の晩は、わが八木節愛好会の有志が
集まり今年最初の宴が催された。(普通世間
ではこれは「新年会」と呼ばれるものでたぶ
ん、そうなんだろうと思う。特に意識してな
い。)

 さて、集まったのはいつも快く会場を提供
してくださる音頭のTBさん、音頭&笛のM
夫さん(昨年は初孫が誕生した。)、お囃子
のSSさん(お風呂が大好き、コロナの常連)
、太鼓のE夏さん(正月は車で福岡まで里帰り
敢行の猛者!町内の麻雀でも人気者!?)、私
の5名。気兼ねなしに楽しく飲み合える仲間だ。

 わが愛好会の歴史は古く1980年台から活躍
しているそうだ。主に夏が中心だが、これま
で大宮や、宇都宮などにも遠征している。
 TBさんが保管している貴重な時代の映像
(DVD)を眺めながら、酒を酌み交わす。
あんな人、こんな人もいたのかと感嘆の声が
上がる。(「あの人は今?」みたいなところ
もあった。)

 最初はビールで乾杯。あとは皆で持ち寄っ
た日本酒、焼酎と進む。肴は、TB宅の奥さ
んの手による心づくしの料理が並ぶ。
私も大晦日の晩にオ・寒宅で覚えたばかりの砂
肝の炭火焼を披露した。初デビューだ!
(以下に一部の写真。全て写ってないのが残念。)

滋賀の名酒「太田道灌 技巧」や立山大吟醸、しぼりたて黒泉などが並ぶ。

ブリの照り焼き&銀杏+ミニトマトが紅一点。

(自然薯は手間隙かけて山で掘り出したほんまもん!
粘りが違う。味もこくも最高でした。)

砂肝炭火焼!好評につき、オ・寒氏より
伝授された仕込み法について詳述する予定。

あっという間に平らげた雑炊。これで満腹。

と思ったらデザート登場。これもペロリ。

写真はないが年末に趣茶で仕入れたイカの丸干
しも焙っていただいた。

 時間の経つのは早いもので、いつのまにか夜
半近くなった。E夏さんの「ヨッシャ、もう帰
ろう!」の声と共に一同解散。

 今年も八木節は熱く燃えそうな気配だ。

八木節23日に向けて練習

2005年10月13日 12時44分27秒 | 八木節

夜は自治会館で八木節練習。少し遅れて到着。
参加は5人だったが、23日のプラザ公演に向けて時間を測りながら真剣に練習した。

持ち時間は8分だが、前後のチームとの入れ替え(移動・楽器の搬出入)時間を含むため、正味の演奏時間は6分30秒くらいしかない。
 音頭のM夫さんが5番謡うということで、5番分の音頭とお囃子で測った。
2度ほどトライした。結果は1回目が6分10秒、2回目は6分20秒。まあまあかも知れれない。時間はまあまあかもしれないが、はじめてプラザで笛を担当することになった。プレッシャーだな。「これは精進しなければいけない。」と思った。

練習終了後、23日の打合せ。
私たちのチームの演奏開始時刻は13時34分。その前に音頭のコンクール「源太杯」争奪戦がある。これに我がチームからM夫さんが出場する。しかも大酉をつとめるらしい。
というわけで、23日は11時過ぎには集合し、まずはプラザでM夫さんの一節を聴くことになった。チームの演奏も13時40分過ぎには終ってしまうため、抽選(17時)までの間はプラザすぐそばの宝庵(スーパー銭湯)に行くこともすんなり決まった。Eさん、Tさんにもメールで連絡した。2人とも快諾だったのは言うまでもない。

SSさんからこの秋採れたばかりの新米2kgいただいた。

太平記館で八木節をやってきた

2005年10月10日 22時30分33秒 | 八木節
の予報だったが、曇りに日和ってくれておかげで公演が成立した。
このイベントはA市と連合会が観光キャンペーンとして市内の各八木節チームに呼びかけて行なわれているもの。各チームが交代で毎日曜の午後2時から3時までの1時間熱演を披露する。公演の日取りは年初めに各チームの代表がくじを引いて決める。気温が37度を超える真夏の炎天下であっても拒否はできない。
 しかし、実利(現金収入)があるので外す事のできない行事でもある。だから天気は最も重要視される。万が一流れてしまうと?万円がふいになってしまう。私の属する八木節愛好会でもよっぽどのことがない限り「雨天決行』が当たり前となっている。今日もそんな天候の元、空を眺めつつ公演会場の太平記館に向かった。
 今日はまたメンバー揃って着用した鯉口シャツ(カゴメ)のデビューの日でもあった。
メンバーの感想は
『プロになったような気がした。」との声も聞かれるほどの満足度であったようでほっとした。

 終了後、「備長」で打ち上げをやった。タラバガ二が1尾2,500円と格安だったのには驚いた。(下の写真左)刺身盛り合わせもこれで1,280円とは思えない。(写真右)