昨日は群馬県桐生市の中央公民館というところで開かれた
桐生の八木節研修会に参加してきた。ここ桐生市は八木節
のたいへん盛んなところで発祥地の我がA市をはるかにしの
ぐ愛好家がいる。特に毎年8月の第一週の金土日の三日間
はその名も「八木節祭り」と銘打った一大イベントが市を
挙げて行われている。

さて、その桐生市の八木節愛好グループの一つである虎龍会
(なんだか怖そうな名前である。)から応援の依頼があった
のは5月の21日、私らが太平記館で観光八木節を披露した
直後のことである。

(なにやら「タイガー&ドラゴン」っぽい。)

虎龍会のO潟会長自ら出向いて話してくれた依頼内容は7月
2日(日)の午後に行われる桐生の八木節研修会に応援とし
て来て欲しい。理由はその日、虎龍会のメンバーが揃わなく
なってしまったからだという。なんでも、その研修発表会に
出てておかないと、「8月の八木節祭り」の出場権が得られ
なくなってしまう重要なイベントなのだそうだ。

会場はJR桐生駅にも近い市街中心部の新川公園そばの中央公
民館だ。駐車場に車を置き公民館に入ると様々な柄の八木節
半纏をまとった参加者でごったがえしていた。虎龍会の会長
さんにもすぐに出会え、演奏の順番や音合わせなどの打ち合
わせを行った。

特に音合わせは重要でお囃子の鼓の打つ回数が桐生とA市では
異なることや、出だしもA市が音頭が威勢良く「いよっ!」と
いう掛け声で始まるのに対し、桐生では笛がさびの一小節を吹
いてからなだれ込むといったように同じ八木節でも微妙な相違
点がある。もちろん、お囃子のメロディの展開自体にも同様な
違いがあるため、音合わせは前もって必要なのである。

あと、驚いたのが演奏自体にはあまり関係のない所作、例えば
お囃子の鼓や、笛、鉦などを演奏していないとき(待機)は、
正面に向けてきちんと揃えて微動だにしてはならぬなど、桐生
独特の決まりがることであった。各八木節チームで、好き勝手
に待機してはいけないようである。

(群馬大学の八木節チーム3年生のお2人)
会場内で目を引いたのが若い人々を多く見かけたことである。A市
では高齢化が著しく、この先10年も経てば八木節演奏者の平均
年令は70歳前後にもなるような気がする。これに対し、桐生の
平均は30年は若い。2~3年前にできた大学生グループも参加
していた。踊りを中心に若い女性達も目立った。下の写真は全員
女性だけのグループである。元気があって音頭も声がよく通って
いた。

地元企業の後押しも見受けられた。半纏に企業名を冠したロゴで
わかった。虎龍会のO潟会長も某Oクラッチ会社の会長を兼ねてい
る。八木節を支える底辺がしっかりしているようだ。A市では見
られないことだ。
各愛好会の演奏を途中途中ではあるが。聴かせていただいた感想
だが、どうも、この日の出演者達はどちらかと言えば初めてこの
会場で演奏した人が多い印象を受けた。本番(8月第1週)の前
に自分のチームのメンバーで比較的人前で演奏した経験の浅い層
にここで体験してもらおうというのかもしれない。よく見ている
と各チームともベテランは前面に出ず、若手や経験の浅いメンバ
ーを後押ししていた。
一ヵ月後の「本番」を控えて、適度な緊張感を持って人前に立つ
雰囲気を味わってもらおうとする姿勢には好感が持てた。

肝心の私らが応援した「虎龍会」の演奏は、あっけなく終ってし
まった。やはり前述したとおり、音頭を含め初めて臨んだ方もお
られたようで途中で歌詞を忘れてしまった場面もあった。上がっ
てしまったのだろう。こういう経験を積んだ上で次第に普段通り
の実力を発揮できるようになっていくのだろう。
今回の桐生の八木節初体験はたいへん参考になった。こんな近く
で同じ八木節を演っていても、かなり中身は異なっている。連合
会といった「上」のお年寄り(幹部)クラスの交流は互いになさ
れているのだろうが、最前線で具体的な活動を日々行なっている
個別の八木節チームの面々同志の交流の場は少なすぎるというか
ほとんどない。今回のオファーだって、個人から持ちかけられて
のことだし。とりわけA市の八木節チームは桐生から学ぶ点が多い
と思う。(良いことだけではないだろうが。)
さて、帰りがけにO潟会長から「8月の本番も手伝って欲しい。」
との要望があった。はてさて、どうしたものか?ちょうどA市の
伝統的な大花火大会と重なっているため、難しそうだとは我が愛
好会メンバーの声。
桐生の八木節研修会に参加してきた。ここ桐生市は八木節
のたいへん盛んなところで発祥地の我がA市をはるかにしの
ぐ愛好家がいる。特に毎年8月の第一週の金土日の三日間
はその名も「八木節祭り」と銘打った一大イベントが市を
挙げて行われている。

さて、その桐生市の八木節愛好グループの一つである虎龍会
(なんだか怖そうな名前である。)から応援の依頼があった
のは5月の21日、私らが太平記館で観光八木節を披露した
直後のことである。

(なにやら「タイガー&ドラゴン」っぽい。)

虎龍会のO潟会長自ら出向いて話してくれた依頼内容は7月
2日(日)の午後に行われる桐生の八木節研修会に応援とし
て来て欲しい。理由はその日、虎龍会のメンバーが揃わなく
なってしまったからだという。なんでも、その研修発表会に
出てておかないと、「8月の八木節祭り」の出場権が得られ
なくなってしまう重要なイベントなのだそうだ。

会場はJR桐生駅にも近い市街中心部の新川公園そばの中央公
民館だ。駐車場に車を置き公民館に入ると様々な柄の八木節
半纏をまとった参加者でごったがえしていた。虎龍会の会長
さんにもすぐに出会え、演奏の順番や音合わせなどの打ち合
わせを行った。

特に音合わせは重要でお囃子の鼓の打つ回数が桐生とA市では
異なることや、出だしもA市が音頭が威勢良く「いよっ!」と
いう掛け声で始まるのに対し、桐生では笛がさびの一小節を吹
いてからなだれ込むといったように同じ八木節でも微妙な相違
点がある。もちろん、お囃子のメロディの展開自体にも同様な
違いがあるため、音合わせは前もって必要なのである。

あと、驚いたのが演奏自体にはあまり関係のない所作、例えば
お囃子の鼓や、笛、鉦などを演奏していないとき(待機)は、
正面に向けてきちんと揃えて微動だにしてはならぬなど、桐生
独特の決まりがることであった。各八木節チームで、好き勝手
に待機してはいけないようである。

(群馬大学の八木節チーム3年生のお2人)
会場内で目を引いたのが若い人々を多く見かけたことである。A市
では高齢化が著しく、この先10年も経てば八木節演奏者の平均
年令は70歳前後にもなるような気がする。これに対し、桐生の
平均は30年は若い。2~3年前にできた大学生グループも参加
していた。踊りを中心に若い女性達も目立った。下の写真は全員
女性だけのグループである。元気があって音頭も声がよく通って
いた。

地元企業の後押しも見受けられた。半纏に企業名を冠したロゴで
わかった。虎龍会のO潟会長も某Oクラッチ会社の会長を兼ねてい
る。八木節を支える底辺がしっかりしているようだ。A市では見
られないことだ。
各愛好会の演奏を途中途中ではあるが。聴かせていただいた感想
だが、どうも、この日の出演者達はどちらかと言えば初めてこの
会場で演奏した人が多い印象を受けた。本番(8月第1週)の前
に自分のチームのメンバーで比較的人前で演奏した経験の浅い層
にここで体験してもらおうというのかもしれない。よく見ている
と各チームともベテランは前面に出ず、若手や経験の浅いメンバ
ーを後押ししていた。
一ヵ月後の「本番」を控えて、適度な緊張感を持って人前に立つ
雰囲気を味わってもらおうとする姿勢には好感が持てた。

肝心の私らが応援した「虎龍会」の演奏は、あっけなく終ってし
まった。やはり前述したとおり、音頭を含め初めて臨んだ方もお
られたようで途中で歌詞を忘れてしまった場面もあった。上がっ
てしまったのだろう。こういう経験を積んだ上で次第に普段通り
の実力を発揮できるようになっていくのだろう。
今回の桐生の八木節初体験はたいへん参考になった。こんな近く
で同じ八木節を演っていても、かなり中身は異なっている。連合
会といった「上」のお年寄り(幹部)クラスの交流は互いになさ
れているのだろうが、最前線で具体的な活動を日々行なっている
個別の八木節チームの面々同志の交流の場は少なすぎるというか
ほとんどない。今回のオファーだって、個人から持ちかけられて
のことだし。とりわけA市の八木節チームは桐生から学ぶ点が多い
と思う。(良いことだけではないだろうが。)
さて、帰りがけにO潟会長から「8月の本番も手伝って欲しい。」
との要望があった。はてさて、どうしたものか?ちょうどA市の
伝統的な大花火大会と重なっているため、難しそうだとは我が愛
好会メンバーの声。