私の直方の風景

私の住んでいる直方の好きな風景を紹介します。

◎直方駅前「元大関魁皇銅像」の除幕10月26日

2014年10月28日 22時20分28秒 | 郷土の歴史
直方駅前「元大関魁皇銅像」の除幕10月26日
大関魁皇像が完成し、10月26日、JR直方駅前で除幕式が行われました。
まず、JR直方駅そばの「ユメニティのおがた」で記念式典が行われ、
元大関魁皇の浅香山親方夫妻、麻生太郎副総理、小川県知事、
向野市長等が列席し、続いて駅前に設置された銅像の除幕式が行われました。
周辺では、テントが張られてイベントが開催され、アームレスリング大会、
ちゃんこや関連のお祭り行事等が実施されました。
なお、魁皇関は、大相撲史上最多の1047勝を挙げ、我が地元直方の
英雄であり、普通はまともに読めない”直方(のおがた)”を全国版地名に広めて
くれた貢献者でもあります。(^_^)/~

そして、銅像は、地元直方駅前に募金2280万円を集めて建立されたものです。
(もちろん私も寄附しております!! (^u^))

1、3 除幕式実施のポスター(縦型と横型)です。魁皇の現役時代の姿と
特急魁皇号が並んでいます。




4、駅前に魁皇の銅像の台座が設置された状態です。


5、6 10月26日除幕式が行われ、翌27日早朝の出勤時に撮った元大関魁皇の銅像です。




7 銅像は”土俵上で塩を握りしめ、勝負に挑む姿”とのことです。
制作者は、福岡市の彫刻家片山博詞さんです。


8 ポスターは、魁皇が塩をまいているところです。


9 直方駅構内に待機中の特急魁皇号です。左端の建物は直方図書館、
中~右はユメニティのおがたです。電車は、左が普通電車で
中と右が、直方~博多間を走る2つのタイプの「特急魁皇号」で、
日々運行しています。


[ご参考]・・・・・・・・

☆魁皇銅像の事☆

●●直方のつつじの花(1)直方市立直方東小学校

【直方の桜模様】~その2(東小学校の桜)

◎直方商工会議所の魁皇ゆかりの展示物◎

◎元大関魁皇写真展に行ってきました◎

魁皇関ありがとう~断髪式、そしてあれこれ

◎魁皇頑張れ!土俵生活23年、最多勝1046勝樹立!!◎

!直方駅舎が変わります!その4~明日29日に新駅開業

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◎お多賀さんの秋祭り 2014

2014年10月23日 23時42分40秒 | 郷土の歴史
お多賀さんの秋祭り
恒例のお多賀さんの秋祭りの様子です。
今年のお多賀さんの秋祭りは、10月10~12日でしたが、
ちょうど大型台風19号の接近・九州南部への上陸もあり、
強い雨風の予報で、お祭りの人出や行事の中止や出店の早々の
店仕舞いなどがあって、やや盛り上がりに欠けていたのは残念です。
私も、露店を見て、お多賀さんに参詣して、家族へのお土産を買って
早々に帰宅しました。



左手は明治町商店街のアーケード、真ん中は西鉄バスセンター、
右手はJR直方駅とロータリーで赤いJRバスが見えます。


JR直方駅前からお多賀さんに向って露店が並びます。




金魚すくいです。


御館橋からお多賀さんを見ました。


多賀神社の一の鳥居から参詣します。この一の鳥居の銘は、
江戸時代の黒田家に仕えた儒学者貝原益軒の書です。







手を清めます。


山門を入ります。


本殿に参拝です。





同様に、お多賀さんのお祭り関係です。

☆直方の初詣(その1);多賀神社☆

★お多賀さん(多賀神社)の秋祭り;出店(夜の屋台)★

★お多賀さん(多賀神社)の秋祭り★

▲お多賀さん春祭りの頃;擲桃祭(てきとうさい)▲

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●宮若市脇田温泉付近の山里の秋(乙野)

2014年10月20日 23時09分07秒 | デジカメ散歩
宮若市脇田温泉付近の山里の秋(乙野)

県道21号線(直方~福岡)の脇田温泉口から北へ「乙野」の山里を、
ぶらりと散策して来ました。

乙野からは、山越えで北西方向に福津市へ行けます。
乙野周辺には、比較的広い田畑が広がる山里の風景が展開します。


























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●宮若市脇田温泉付近の山里の風景

2014年10月17日 23時37分22秒 | デジカメ散歩
宮若市脇田温泉付近の山里の風景

私にとって懐かしい脇田温泉付近を、ぶらりと散策して来ました。
脇田温泉には、犬鳴峠の手前の犬鳴川沿いに、 「楠水閣」をはじめとして、
旅館が6軒あります。そして、犬鳴川沿いには遊歩道があります。
脇田温泉は、山間の静かなのんびりとした温泉地で、奈良時代からの
古い歴史を持っています。
江戸時代、黒田藩の著名な学者、貝原益軒も訪れたということです。

1.宮若特産品直売所の「 ドリームホープ若宮」です。
宮若市特産の農産物や農産加工品などを農家の人が
直接展示販売する特産品直売所です。


2.明治19年創立の宮若市立「吉川小学校」です。
現在の校舎は、昭和53年に建設されています。


3.私にとっては、「吉川小学校」のこの古い木造の校舎が懐かしいです。
卒業生ではありませんが、昭和40年代の頃、「国鉄バス」に
乗車して、犬鳴峠を越えて福岡市に行く際に、この木造校舎をいつも
見ていたからです。

4.福岡博多の奥座敷でもある脇田温泉の代表的な温泉宿「楠水閣」です。


5~14.犬鳴き川沿いにのんびりと散策できる遊歩道「俳句の道」です。
約2kmにわたり延びる散歩道で、現在、宮若全国俳句大会の入選作品
133本の句碑がこの道沿いに建てられています。




















15.彼岸花も綺麗でした。


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●直方の秋色散歩;(6)「感田(がんだ)地区」

2014年10月14日 23時00分12秒 | デジカメ散歩
直方の秋色散歩;(6)「感田(がんだ)地区」
直方の秋をぶらりと散歩してみました。
今回は、感田(がんだ)地区です。

1.感田赤隈地区です。
背景は、「直方セントポール幼稚園」です。


2.感田行常地区です。稲の刈り取り作業中です。
背景に直方イオンの大きな建物が見えます。その背後は、金剛山です。


3.同じく感田行常地区、稲の刈り取り風景です。
背景に浄土真宗本願寺派の「浄福寺」の建物が見えます。


4.同じく感田行常地区から西側を見ました。
背景に明治屋産業びっくり市の建物が見えます。
さらにその向こうには、六つが岳が見えます。


5、6 感田東から背景の福智山系を見ました。背景の右側に福智山、
左側に尖った雲取山です。




7.感田東からです。背景は同じく、福智山系で、右端に
ミニ富士山の形の鷹取山(633m)です。
*「黒田節」のモデル、母里太兵衛の居城がありました。


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●直方の秋色散歩;(5)「頓野(とんの)地区」

2014年10月13日 09時18分15秒 | デジカメ散歩
直方の秋色散歩;(5)「頓野(とんの)地区」

直方の秋をぶらりと散歩してみました。
今回は、頓野(とんの)地区です。

1.彼岸花と実りの秋の頓野(とんの)地区です。
背景は、福智山系です。左手ピークが雲取山で、右手が福智山です。


2.彼岸花を主役にアップです。


3.同じく、アップです。


4.コスモスも福智山を背景にして、のびのびと頑張っています。


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●直方の秋色散歩;(4)「鷹取山麓永満寺(えいまんじ)地区」

2014年10月11日 23時21分44秒 | デジカメ散歩
直方の秋色散歩;(4)「鷹取山麓永満寺(えいまんじ)地区」
直方の秋をぶらりと散歩してみました。
今回は、「母里太兵衛」ゆかりの「鷹取山麓永満寺地区」です。

1.彼岸花と実りの秋の山里、「鷹取山麓永満寺地区」です。
左手の民家の付近が「母里太兵衛」屋敷跡、右上のピークが
「母里太兵衛」の居城があった鷹取山(標高630m)です。


2.同じく真ん中が鷹取山です。


3.同じく、左手が「母里太兵衛」屋敷跡、右上のピークが
「母里太兵衛」の居城があった鷹取山です。


4、5 かっての城下町の一角にある浄土真宗本願寺派の
普照山「明元寺(みょうがんじ)」です。
立派な藤棚があり、毎年美しい花を咲かせてくれます。
江戸時代のはじめの頃からの慶長年間(1600年頃)の歴史があります。




こちらもご覧下さい~直方のイメージキャラクター「ぼりたへいくん」です。


「軍師官兵衛」では、速水もこみちが「母里太兵衛」役を演じています。
(→画像は、NHKオンラインより引用)


◎「母里太兵衛」ゆかりの「鷹取山麓永満寺(えいまんじ)地区」

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●直方の秋色散歩;(3)内が磯ダム~福智山ダム付近

2014年10月06日 21時03分21秒 | デジカメ散歩
直方の秋色散歩;(3)内が磯ダム~福智山ダム付近
直方の秋をぶらりと散歩してみました。
今回は、内が磯ダム~福智山ダム付近です。

1.鳥野神社付近に新しく設置された福智山登山ルート表示板です。


2.福智山ダム、内が磯ダム(福智山池)付近の拡大です。


江戸時代直方藩4代目黒田長清公(福岡本藩4代目長寛=綱政公の弟)は、
館から遠く離れた福智山の麓にある内が磯ダムそばの現在の「鳥野神社」に
参詣されて桜見物や和歌を詠んでいます。名君として知られています。

3.なお、直方は、江戸時代の約100年間(1623~1720年)に福岡藩の支藩が
あり、東蓮寺藩(殿町;4万石)、直方藩(御館山;5万石)と称していました。
福岡藩の黒田如水以来の系譜を次に示します(→⇒「直方」歴史紀行より抜粋)


こちらもご覧下さい

☆直方の初詣(その2);鳥野神社~近津神社☆

●冬の風景;「内が磯ダム」そして「福智山ダム」~●その1

◎「長崎街道レトロコースまち歩き」続き~◎その5(2);「江戸時代~直方藩のこと」

4.新しく設置された鷹取城跡の説明板です。
ご存知鷹取城主母里太兵衛友信の居城でした。


5.鷹取城の説明文を拡大しました。


6.図を拡大しました。鷹取城の復元図や出土品、山頂からの展望などです。


7.次に福智山ダムに登りました。ダムサイトにある「鷹取焼内が磯窯記念碑」です。
背景にダム湖と福智山の峰が見えます。右手管理棟の付近の斜面(湖面下)に
当時最新式の登り窯があり、発掘調査がなされています。


詳細は、こちらをご覧下さい

●「福智山ダム」のこと~●補足1


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●直方の秋色散歩;(2)内が磯地区

2014年10月01日 19時30分24秒 | デジカメ散歩
直方の秋色散歩;(2)内が磯地区

直方の秋をぶらりと散歩してみました。
今回は、内が磯地区です。

1.山里の秋が広がる「内が磯バス停」そばの広場の福智山登山案内図です。
内が磯バス停から、福智連山の主峰の福智山(901m)、
そのやや右下の鷹取山(633m)へのルートが描かれています。


2.登山案内図より「内が磯バス停付近」を切り取りました。


3.福智山(901m)、そのやや右下の鷹取山(633m)付近を切り取りました。


4.内が磯バス停広場付近の風景です。背景は、内が磯ダムの堰堤です。


5.内が磯バス停広場には、「福智山麓むかしばなし」の説明板が貼られた
石碑群が設置されています。
これらは、我が直方の誇り、有名な郷土史家で、鞍手高校の教師をされ、
直方市報でも多くの連載がある舌間信夫先生(文)と赤間月人先生(絵)
コンビによる作品です。背景に、内が磯ダムの堰堤が見えます。


①「高取焼、宅間窯」です。黒田長政朝鮮出兵の際に、1606年八山が
来日して興した宅間窯の由来です。


②同じく宅間窯から、1614年、つまり400年前に、現在の福智山ダムの
位置に移動して築いた「高取焼、内が磯窯」です。
発掘調査により、福岡藩のこの御用窯は、当時最新の登り窯で、
多様な作品群が生み出されたことが分かっています。


③曰く、「”日本一”の福智山」です。ご存知、鷹取城主、黒田官兵衛・長政親子の
重臣母里太兵衛の言葉です。頑固者の猛者が言い張った言葉との事です。


6.内が磯ダムの堰堤から、眺めた景色です。
ダムから流れる「福地川」、「内が磯バス停」、その背後には、実りの稲田が
豊かに広がります。


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