生きる力（仮題） ねこたにすいか
人は生きているだけで素晴らしい、それは
今生きている人間に投げかける言葉ではない
労働していくら稼ぐことができるのか
どんな職場に所属し、どのような立場にいるのかによって
世の中の価値の大半は決まる
人は生きているだけで価値がある、それは
人が死んでいくつもの法事を繰り返した後に
つぶやくべき言葉であって
今生きている私に投げかける言葉ではない
生きるってことは
世の中の価値に自分を依存させないで
自分自身の価値基準を築いていくこと
自分を解体し分解し
瓦礫の中から何かを見つけ出して育てていくこと
耳当たりのいい言葉の連呼で
どうか私たちの生きる力を削ごうとしないで下さい
結局はあなたがたの自己満足だけなのですから
繰り返し繰り返し（仮題） ねこたにすいか
テレビは繰り返し言う
「この健康器具を使うとこんなに
痩せる事ができ、そのことによって
こんなに素晴らしい世界が開ける…」
自信無さげな
おどおどした顔が映し出される
テレビの画面と私の間には
あらゆる糸が張り巡らされている
呼吸しただけでも
切れてしまう程研ぎ澄まされた糸が
幾重にも交差して私を見張る
「動くな！」
動かしてはいけない
私を動かしてはいけない
沈黙の音が私の鼓膜を貫き
沈黙の音の大きさに圧倒される
テレビは繰り返し言う
健康器具の使用によって
１８０度世界が変わったのだと
自信に満ち溢れた顔が映し出されている
この番組プログラムは
もう一度器具を使用する前の
あのおどおどした顔に戻るのだ
朝（仮題） ねこたにすいか
朝６時ちょっと前に目が覚める
妻が隣で寝息を立てている
夢見の邪魔をしないように７時にセットしてある
目覚まし時計のタイマーを解除して
布団から抜け出す
厚いカーテンを開けると
もう世界の朝はスタートしている
私は台所に向かい
昨夜出た洗い物を片付けだす
「とりあえず、買い置きの乾麺を茹でよう
冷蔵庫の納豆を出しておいて
お湯を沸かしている間に顔を洗ってきて
麺が茹で上がったら妻を起こして…」
顔を洗おうと洗面台へ向かう
鏡の中にある自分の顔をみつめる
昔はこうして当たり前のように
自分の顔を直視する事が出来なかったんだよなって思う
自分で自分を憎んでいたんだよなって
妻がごそごそ起き出す音が聞こえる
寸胴のお湯が沸いている音が聞こえる
そうだ「ネボスケ」って言ってからかってやろう
そしてこう付け加えてあげよう
「ほら、穏やかな朝だよ」 2008.４.27
