旅限無(りょげむ)

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ザルカウィ死して後 其の参

2006-06-30 07:56:37 | 外交・情勢(アジア)
■「アラブの大義」も金次第で、パレスチナ自治政府は産油国からの経済支援も無くなって、更に悪いことには民主的な選挙で政権を担当することになったのが過激派ハマスなので、欧米とイスラエルからの援助も凍結されてしまって台所は火の車!外相のアッザハールさんは1箇月間もイラン、シリア、インドネシアを金策に回ってやっと23億円分の札束を鞄に詰め込んで帰国。これがエジプト国境のラファ検問所で見つかって騒動になったのが6月14日のことです。先月はハマス報道官が8000万円分のユーロ紙幣を体に巻き付けて運ぼうとして押収される事件も起こっているそうです。別の報道官は湾岸諸国を巡って6億円を掻き集めて持ち帰り、遅配が続く16万人余の公務員給与のうち、最低給与の4万人に1箇月分の給料が出たとか……。こんな状態でイスラエルと戦争しろ!と囃し立てる過激な声は、自治政府にとっては無責任な雑音でしかないでしょうなあ。ちょっと古いテレビ・ドラマ風に言うなら、「扇動するならカネをくれ!」というところでしょうか?

■6月15日の紙面には「アルカイダ機構」からの新しい声明文が小さなベタ記事になっていました。例の「アブハムザ・ムハージル」名義で「十字軍よ、自分たちがどれだけ弱いかを思い知る日が来る」「シーア派よ、我々はザルカウィ師の始めた道を続ける」とネット上には書かれているのだそうです。マスリの顔写真が公表された日は、偶然なのでしょうが、米国側の犠牲者が2500人を突破し、その内訳を見ますとまったく先が見えないイラクの現状が分かります。


……戦闘・敵対行為による死者は1972人、残る528人は事故や病死など。03年5月1日のブッシュ大統領による「大規模戦闘終結」宣言以降の戦死者が1857人と、全体の約4分の3を占める。文民職員の死者は7人だった。負傷者は総計で1万8490人は、72時間以内に任務に復帰できなかった重傷とされている。 6月17日 朝日新聞

「事故や病死」には、精神的に崩壊して自殺してしまった若者が含まれているのでしょうし、2万人近い負傷者というのは大変な数ですぞ。英国とオーストラリア軍が撤収するどさくさに紛れて引き上げる日本の自衛隊は、幸運にも1人の犠牲者も出さずに帰って来れる可能性がまだ残っています。残念ながら、日本人の命を守るために他国の正規軍が犠牲になったり、傭兵や民間軍事会社に雇われた人が命を失っていても、我々には知らされません。そんなややこしい立場の自衛隊が撤収する時に、「我が国の自衛隊は一発の銃弾も発射せずに任務を終える」というような事を首相が言って良いのでしょうか?「撃たなかった」のではなくて、「撃たせなかった」のでしょうし、そのためには「撃たねばならない場所には行かない」事を徹底させ、慎重の上にも慎重を期して臆病な亀のように要塞化した駐屯地に逃げ込んで息を潜めている事も多かったようです。

■隊員の皆さんが無事に帰るのは喜ぶべきことですが、首相を始めとして政府の関係者が能天気な自画自賛などは絶対にしては行けないでしょうなあ。


……アジア・中東など11カ国で支援活動をしているNGO「日本国際ボランティアセンター」は、91年の湾岸戦争に引き続き、03年4月、サダム・フセイン政権が事実上崩壊した直後から再びバグダッドに入り、病院への衣料品の提供や文化施設の再開に向けた支援などをしてkちあ。5回にわたってバグダッドなどに入った「日本国際ボランティアセンター」の原文次郎さん(42)によると、自衛隊の活動についてバグダッドの人はテレビなどからの情報で給水や道路、病院などを補修したことを知っているという。イラクの人は、これまでの日本のイメージから民間人が来ると思っていた。実際に自衛隊が来てみると軍服に銃を持っており、彼らから見たら占領軍と同じに見えたと思うという。 6月20日 朝日新聞

ザルカウィ死して後 其の弐

2006-06-30 07:56:21 | 外交・情勢(アジア)
■アフリカ沿岸からインド洋を経て東南アジアを通過して北京にまで広まっていた伝統的なイスラム商人のネット・ワークを思い出せば、イスラム教徒の多くが移民だっただろうと想像はつきます。考えて見れば、欧州からの移民によって建国されて膨張し続けたアメリカ合衆国と、アフガニスタンに集まったイスラム兵士達が対立するというのは、単に米国の邪悪なマッチ・ポンプ戦略だけでなく、もっと古い歴史的な皮肉を感じますなあ。

■「アブアイユーブ・マスリ」がアイユーブとエジプトに関連するのなら、これは「十字軍」を思い出さねばなりません。


98年2月23日、「ユダヤ人・十字軍聖戦のための世界イスラーム戦線」なる組織がファトワー(イスラム法的判断)を発表した。このファトワーにはウサーマとザワーヒリーをはじめ、ガマーア・イスラーミーヤのリファーイー・ターハやパキスタン、バングラデシュなどのイスラミスト組織の代表が名を連ねていた。このワトワーで、「アメリカ人とその同盟者を民間人・軍人を問わず殺すことは、それが可能なすべての国にいるムスリムの個人的義務である」ことを宣言したのである。

これも石野肇さんの本からの引用です。日本は、アジアの国なのに、何故か学校教育の現場で「十字軍」や「レコンキスタ」を目出度い話として教わっているような印象が有りますなあ。クリスマスだのセント・バレンタインだの、結婚式もキリスト教風が好まるのですから、「十字軍」やイエズス会の世界的な布教活動も、何処か勇気ある冒険物語のように受け取っているのかも知れませんなあ。自らを十字軍に擬(なぞら)えたブッシュ大統領を無条件で全面的に支持する総理大臣が出るのも必然的だったのかも知れません。

■更に歴史を詮索すれば、「アイユーブ」という名前はイスラムの英雄サラディン(サラーフ・アッディーン)が開いた王朝名に重なります。サラディンは今、話題のイラク北部で頑張っているクルド人です。クルド人とトルコ人を中核とする勇猛な軍団を率いて、エジプトを支配していたイスラム教のファーティマ朝を滅ぼし、1187年には第2回十字軍の残存勢力を追い出してエルサレムをイスラム教徒の手に奪回しました。1189年から始まる第3回十字軍とも互角に戦い抜き、英国のリチャード1世との和議を成立させています。今度現われたザルカウィの後継者は、自らをサラディンに擬えるのならば、エルサレム奪回と十字軍との和議を再び実現させる心算なのでしょうか?

■十字軍の歴史が今も生々しく中東地域に政治的な影響力を持ち続けているニュースも有りましたぞ。オスマン・トルコとロシアが英仏を巻き込んで戦ったクリミア戦争は1854年、そこで敵味方の区別無く献身的に治療をした英国人のナイチンゲールさんの活動が発展して組織されたのが「国際赤十字」でしたが、その活動理念の根本はキリスト教に由来する博愛主義なのだそうです。しかし、十字軍と戦った側の者には、キリスト教の博愛主義は認められないのですなあ。それに加えてユダヤ人絶滅を企てたナチス党員の多くが敬虔なクリスチャンだったものですから、ユダヤ人もキリスト教が嫌いです。そういう背景が有るので次のようなニュースが伝わるのです。


国際赤十字・赤新月社運動の最高決定機関、赤十字・赤新月国際会議は22日、イスラエルの「ダビデの赤盾社」(マゲン・ダビド・アドム)とパレスチナ赤新月社の加盟を承認した。ただ、イスラム諸国の反発で協議は紛糾し、承認は同会議としては異例の採決にもつれ込んだ。イスラエルとパレスチナの緊張が続く中、双方の人道活動での協力などが進む可能性は低い。……イスラエルの赤盾社は同国の建国前からの活動の歴史を持つが、キリスト教、イスラム教をそれぞれ象徴する赤十字・赤新月のシンボルの使用を拒んできたため、加盟できなかった。昨年12月のジュネーブ条約締結国会議で、第3のシンボルとして赤いひし形(レッドクリスタル)が承認され、加盟の道が開けた。同時に、イスラエルとの公平性を保つため、独立国の組織ではないパレスチナ赤新月社の加盟も特例的に認められる事になった。……6月24日 朝日新聞

■大人の判断で長い歴史の歪みを清濁併せ呑んで見せた快挙のように思えるのですが、記事にはシリアなどの強硬派が東エルサレムなどの帰属問題を蒸し返して、イスラエルとパレスチナの同時加盟に文句を言い出しているとの話も出ています。