「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

万緑やショパンの端に父が棲む 越谷双葉 「滝」8月号<滝集>

2015-08-16 04:35:32 | 日記
 万緑とピアノの鍵盤の白が草田男の句を思い出させる。爽
やかな句である。父上はショパンを愛したのだろう。もしか
したらご自分がピアノを弾いていたのかも知れない。そして
作者も。ショパンを聴けばそこに父がいる。ショパンを弾け
ば傍らに父がいる。「棲む」の措辞からショパンと父との濃
密な関わりが感じられる。そして作者と父との音楽を通した
素敵な愛が感じられる。どの曲が一番のお気に入りだったの
だろう。今年の夏のこの暑さも、ショパンを聴いていると、
どうやら乗り越えられそうな気がする。(小林邦子)

鉄橋の音の変り目朴の花 後藤外記 「滝」8月号<滝集>

2015-08-15 04:46:07 | 日記
 この句を詠んで真っ先に頭にイメージした橋は、仙山線の
熊ヶ根橋の鉄橋である。仙台から山形方面に向かう作並街道
の広瀬川上流に掛かる橋である。平坦な道から険しいに山道
に差しかかる地域なので列車の音も変わって耳に入ってくる。
又朴の大きな白い花がそこに有るかどうかは定かではないが、
列車の音と白い花がお互いに響きあって句の格調をあげてい
る。
 私は「ぽっぽ屋」の三男坊なので多少鉄道に関連する知識
について子供の頃から親父から仕込まれている。仙山線に関
しては、熊ヶ根鉄橋の高さは当時日本で三番目、面白山のト
ンネルの長さも清水、丹奈に続きこれも三番目。又日本で初
めて交流電化に成功したのも仙山線と聞いている。現在は青
函トンネルが一位、鉄橋の高さも技術の進歩で変わっている
ことであろう。(梅森 翔)

寂聴の声六月の議事堂前 長岡ゆう 「滝」8月号<瀑声集>

2015-08-14 05:07:53 | 日記
 家のトイレに数年前から「寂聴」の日捲り暦が常備されて
いる、毎朝寂聴の言葉を読んで一日が始まる。示唆に富んだ
言葉に共感している。家庭も子供も捨てた若き晴美には好き
にはなれなかった。数年前に仙台市文学館で寂聴の講演を聞
く機会があった、小柄な可愛いおばあさんという印象を受け
た。
 この句は九十四歳の寂聴が車椅子で「安保法案」の反対デ
モに参加したことを句にしたと思われる。戦後70年今テレ
ビ新聞で戦争に関する報道で溢れている。核兵器が数万発こ
の地球に存在する現実、隣国の理不尽な行動。
 世界各国の為政者の賢明な洞察力、勇気ある判断力が要求
される。子や孫が戦場に行く姿など見たくない。いつまでも
俳句を続けられる平和な世の中を望むだけだ。(梅森 翔)

天牛のしづかにためる闘志かな 鈴木幸子 「滝」8月号<瀑声集>

2015-08-13 04:35:55 | 日記
 天牛は中国名で、長い触角を牛の角に見立てたからという。
いい名前だと思う。カブトムシやクワガタムシなら、闘志む
き出しに、いかにも闘うぞと思えるが、闘志をしずかにため
るのは天牛、つまりカミキリムシなのかも知れない。カミキ
リムシは日本に八〇〇種もいる、子供たちにも人気の昆虫で、
強い顎をもっているが、闘わせるという遊びはほとんど聞か
ない。では天牛は何のために闘志をためるのだろう。人間と
は関わりなく、子孫を残さなければならない宿命か。(小林邦子)

家計簿にトマト植ゑしと書きにけり 庄子紀子 「滝」8月号<渓流集>

2015-08-12 03:33:11 | 日記
 一読して何かあたたかい、ほのぼのとした家庭生活の一端
を垣間見ることができる俳句である。本来日記に書くはずの
日々の生活の出来事を家計簿の余白に記したのだ。作者がず
ぼらで書いたのではなく、嬉しくてハミングをしながら記載
した姿が連想される。
 家計簿は、その家の生活状況を計るバロメーターであり、
漫画では赤字や生活費を切り詰め頭をかかえた姿等が描かれ
ている。しかし長谷川町子の「サザエさん」の一コマにでて
きそうな、昭和の明るい主婦を演じているかのような作者。
作者の家計状況は健全経営で老後の生活も心配なしと判断し
た。
 果たして家計簿をつけている家庭はどの位のパーセントに
なっているのだろうか。(梅森 翔)