この中公新書を読んでいて、その後の日中戦争とあまりに類似していると思ったが、著者もその事を最後に記している。
「シベリア出兵」麻田雅文著 2016年発行・中公新書 より転記⑥
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ソ連と国交樹立へ—1923~1925
1923年8月、加藤首相が胃がんで死亡。9月関東大震災。
山本権兵衛内閣が発足。
1924年2月イギリスがソ連を承認、以後各国がつづく。5月には中ソが国交樹立。
1924年6月、加藤高明首相となる。
1925年1月、日ソ基本条約調印。
同時に共産主義取り締まりの為「治安維持法」を制定した。
1925年5月15日、北サハリンから撤兵した。
北サハリンの利権獲得
シベリア出兵で唯一獲得した利権である、石油石炭。
三井三菱などの財閥出資で「北樺太石油会社」ができた。
初期の数年は順調であったが、1930年代になるとソ連の圧力で経営悪化。
日中戦争開戦後はほぼ操業停止した。
日露の犠牲者数
7年間で戦死2643人、病死690人。
ロシアは8万人という推計もある。
日露の経済損失
国家財政は7億。
ソ連がロシア帝国の債務引継ぎを拒否したので2.9億が未回収。
機密扱い
これほど多くの犠牲を生みながら、第二次世界大戦前に、国民はシベリア出兵からほとんど教訓を得られなかった。
戦史の大部分は公表されなかった。
・・・・・・
なぜ7年も続いたのか
統帥権の独立
首相に国務大臣への命令権はない。陸相・海相と協力関係にあることが前提となる。
問題は参謀本部、
首相と陸相が連携して抑え込む。
元老も無視できない。
親日政権の樹立に失敗。
死者への債務、「土産」が必要になる。
シベリア出兵と日中戦争の類似、二重外交、広大な空間。
「シベリア出兵」麻田雅文著 2016年発行・中公新書 より転記⑥
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ソ連と国交樹立へ—1923~1925
1923年8月、加藤首相が胃がんで死亡。9月関東大震災。
山本権兵衛内閣が発足。
1924年2月イギリスがソ連を承認、以後各国がつづく。5月には中ソが国交樹立。
1924年6月、加藤高明首相となる。
1925年1月、日ソ基本条約調印。
同時に共産主義取り締まりの為「治安維持法」を制定した。
1925年5月15日、北サハリンから撤兵した。
北サハリンの利権獲得
シベリア出兵で唯一獲得した利権である、石油石炭。
三井三菱などの財閥出資で「北樺太石油会社」ができた。
初期の数年は順調であったが、1930年代になるとソ連の圧力で経営悪化。
日中戦争開戦後はほぼ操業停止した。
日露の犠牲者数
7年間で戦死2643人、病死690人。
ロシアは8万人という推計もある。
日露の経済損失
国家財政は7億。
ソ連がロシア帝国の債務引継ぎを拒否したので2.9億が未回収。
機密扱い
これほど多くの犠牲を生みながら、第二次世界大戦前に、国民はシベリア出兵からほとんど教訓を得られなかった。
戦史の大部分は公表されなかった。
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なぜ7年も続いたのか
統帥権の独立
首相に国務大臣への命令権はない。陸相・海相と協力関係にあることが前提となる。
問題は参謀本部、
首相と陸相が連携して抑え込む。
元老も無視できない。
親日政権の樹立に失敗。
死者への債務、「土産」が必要になる。
シベリア出兵と日中戦争の類似、二重外交、広大な空間。