息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

見知らぬ私

2013-07-21 10:21:55 | 書籍・雑誌
綾辻行人ほかの著者によるアンソロジー。
ちょっと古いものだが、角川ホラー文庫のテイストが嫌いでないなら
豪華な著者陣でわりと読み応えもあり、お得だと思う。

一番怖いのが人間ならば、自分でもよくわからない自分自身は、
最恐の存在ではないだろうか。

そんな切り口から始まる小さな物語。
著者ごとに視点も文体も異なるのが、その共通点を強調する。

松本侑子「晩夏の台風」は、どろどろとした愛憎がとてもうまく
描き出されている。納得の上で関係したはずなのに次第にずれていく精神と身体。
ストーリーを追いたい人にはつまらないかもしれないが、心理描写とか
わけのわからない感情の揺れみたいなものはよく伝わってくる。

個人的に好みなのは清水義範「トンネル」。異世界への入口とも言えるトンネルに
浮かび上がる不思議な光景。
目新しいものではないけれど、ノスタルジックで心惹かれる。
マイホームを無理して得たが故に、長距離通勤を強いられ疲れ果てた主人公の姿も
親近感をもつ人が多いのではないだろうか。
ま、今時はそういう形の無理をする人は減っているけどね。
仕事で精根尽き果ててやっと家に帰り着く、って働くモノにとって身近なことだから。

そんなこんなで、どれかひとつは好きな作品に出会えそうな一冊だ。

水域(アクエリアス)

2013-07-20 10:31:13 | 著者名 ま行
森真沙子 著

「転校生」シリーズ第3弾ということなのだが、1も2も読んでない私。
なんて残念な出会いなんだ。
しかし手にとったので読む。意外に面白いというか、前作は知らなくても別にいい。

霊感がある有本咲子は、事情で転校を重ねている。
東京・深川の高校で、CDを媒介とした連続水死事件に遭遇し、
巻き込まれ、解決へとむかっていく。

継続した友人関係がないというのは、この年齢の子には大変なハンディだ。
しかし、行った先々でそれなりに居場所を見つける主人公。
その暮らしは懐かしい高校生らしさがあり、切り取られたエピソードもあって
微笑ましい。
霊感があるゆえに事件に巻き込まれてしまう咲子だが、いつのまにか周囲の人を
巻き込み、協力体制にしてしまっている。

そして湿度が高い深川の雰囲気が、梅雨という季節とあいまって
なんとも日本らしいじっとりとした空気を作り出している。
CDから流れる鉄道唱歌のノスタルジックなメロディといい、
事件の舞台としてぴったりというか、なんというか。

CDという現代的なモノと、七不思議が残るような東京の下町。
アンバランスな組み合わせなのになぜか溶け合う。
そして加えられたホラーの味わい。

ちょっと物足りなさが残るのは、目新しいアイデアが足りないからか。

草祭

2013-07-19 10:11:13 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

好みど真ん中。大好物。
どっぷりと美奥の世界につかってしまった。

連作短編集なので、どこかにつながりがあり、登場人物がだぶっていたりする。
人を違う角度から見るようでこれも楽しい。

世界のもうひとつ奥にある不思議な町美奥。
古い水路を通った先とか、民家の路地の向こうであったりとか、
いつの間にか迷い込んでいることもあれば、行き来ができるものもあり、
帰れなくなるものもある。
親に巻き込まれた心中から命拾いした少年、家庭の苦から逃れようとした少女、
限界の状況からここに来たものもあれば、人に連れられたきたものもある。
その姿も懐かしさを感じる町並みであったり、廃屋であったり、
草原であったりし、どこかで会ったことのある人が歩いていたりもする。

得体のしれないかすかな恐怖と、心穏やかに過ごせる安心感。
今という状況に少しでも苦しさや違和感を感じていれば、ここにいたいと思うだろう。
いられるかどうか、その先自分がどんな姿に変わっていくかはわからないけれど。

遠い昔からあった美奥。伝えられる不思議な薬。
何もかもが不思議で妖しいのに、手が届きそうに身近な感じがする。

ずっとずっと読んでいたい、この世界の中に入り込んでいたいと思えた。
そこに美奥があると分かっていれば私は必ず行き、そこにいることを望むだろう。

セメント樽の中の手紙

2013-07-18 10:34:52 | 著者名 は行
葉山嘉樹 著

プロレタリア文学。高校の教科書でも使われていたらしいので、知っている人が多いかも。
ものすごく短いのに、実に細やかな描写力で、労働者の暮らしを描き出している。
一度読むと心の中に沈み込んでずっと残っている、そんな感じがする。

建設中の発電所で働く主人公は、来る日も来る日もセメントを枡で計る仕事をしている。
一日中休む間もなく働いても給料はわずか。
子沢山では食べるのがやっとで、楽しみのいっぱいもままならない。

ある日、流れてくるセメントの中に木箱を見つけた主人公。
やけにしっかりと釘付けされたその中には手紙が入っていた。

差出人はセメント工場で働く女性。
恋人が岩を砕く破砕機に巻き込まれて死亡した。
遺骨さえ残らなかったのに、その日作られたセメントは出荷されていった。
せめてそのセメントがなんに使われたのかを知りたい、という血を吐くような願いが書かれていた。

産業の陰に労働者の命はあまりにもはかない。
毎日を必死で過ごしていても、その日をしのぐのが精一杯というのはあまりにもむなしい。
ワーキングプアの現在を予言しているのか。いや当時から何も変わらないだけなのか。

それでも最後の“細君の腹の中”にいる7人目の子どもは絶望の証のようでいて、
希望の光のようにも思える。
現代ではたったひとりの子どもをもつのも大変な贅沢であるのだから。

カルメン

2013-07-17 10:12:13 | 著者名 ま行
プロスペル・メリメ 著

情熱的なイメージと、ビゼーのオペラで有名なカルメン。
語り手は作者と同じ考古学の研究者で、そのためにスペインを訪れる。

山の中でであった男・ホセに食事を与えた主人公。ホセが山賊の一味であることを知った
案内人は報奨金に目がくらみ、密告する。
主人公はそれに気がつき、ホセを逃がす。
しかし、彼は捕らえられ、死刑囚として投獄された。
面会に行った主人公は、ホセに身の上話を聞いた。

ホセは貴族の家に生まれながら、若い頃に出奔した。
騎兵となったとき出会った女・カルメンの罪を見逃してやったために、懲罰を受ける。
カルメンの美貌と踊りの魅力のとりこになったホセは軍を逃げ出し、結婚する。
カルメンの仲間とともに密輸に手を染め、悪に堕ちていくホセ。
一方で自由奔放なカルメンは束縛を嫌い、平然と恋愛をする。
嫉妬に狂ったホセはカルメンを刺し殺してしまった。

妖しい魅力に抗えない男たち。
ひとりの男を愛し続けることができず、それに価値を見出すこともできない女。
何にも縛られずに生きていくことを望み、カルメンとの愛の逃避行をしながらも、
しだいに絡め取られていくホセは、いつのまにか身動きする自由すら失っている。
カルメンが自分の思い通りにならなければならないほど、ホセは必死になり、
カルメンから目が離せなくなっていく。そしてその愛は究極の独占・死へと続くのだ。
独占でありながら、永遠の別れでもある死。
それゆえにホセは生涯カルメンに縛られている。

神話や歴史を下敷きにした物語は深みがあり、長く愛されているのが理解できる。