息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

コンダクター

2014-07-29 10:44:01 | 著者名 か行
神永学 著

ミュージカルのために結成されたオーケストラを舞台にした
七日間の物語。

フルート奏者の朽木奈緒美はこのオーケストラで音大時代の
友人たちと再会した。
留学から戻ったばかりの指揮者・結城。
ピアノ奏者の玉木。彼の婚約者であり、かつて結城の恋人であった
ヴァイオリン奏者・真矢秋穂。
懐かしい顔ぶれのはずなのに、そこには不協和音が響く。
それは奈緒美の部分的に失われた記憶と関連があるように思えた。

奈緒美が住むマンションの近くにあるアパートで死体が発見された。
それは、死後数年を経過した首なしの白骨でなぜか写真を握っていた。
刑事・石倉と新垣が捜査を開始する。そこにはオーケストラのメンバー
たちが見え隠れした。

後半たたみかけるような展開で止められなくなる。
人物像が入れ替わり、新たな顔を見せ、目まぐるしい。
そしてその複雑な構成が最後、一気に明らかになる。
読んだ!という感覚を味わいたいなら絶対いい。
綿密な取材が行われたのだろう、音楽の世界や楽器に対する知識、
また音大の雰囲気なども楽しめた。

殺意の赤い実

2014-07-28 10:15:32 | 著者名 さ行
櫻田啓 著

平家落人伝説をモチーフにした警察小説。
舞台が大分県で、知っている地名も多いので読みやすかった。

殺人事件なのだが、あまりドロドロした感じはなく、
大分・東京・能登の3箇所を丹念に調べつつ話が進む。
主人公の刑事・東山も、山岳救助隊志望だったというわりには
体育会系の雰囲気が少なく、むしろ細やかな視線でものごとを見る。

大分の平家山で殺されていたのは東京で働く時政京子。
彼女は平家山と同じ落人伝説がある能登ある地域の出身だった。
手に残された赤い南天の実に意味はあるのか。
なぜ無名な山に単独で登ろうとしていたのか。
そして彼女が働く会社の不正疑惑。
不思議な縁でつながる土地の伝説は、事件の背景を暴き出していく。

ややご都合主義な感じもあるが、伝説がうまく織り込まれていて
引き込まれていく。

それにしても落人伝説って多いのだなあ。
母方の実家もそんな感じの話があったなあ。山奥だったから。
なんだか赤い衣は身につけないとか、鯉のぼりはあげないとかいう
決まりごとのある土地もあったとか聞いたことがある。
どれだけ隠れて暮らしたのかと思うと切ない気もする。

事件解決よりもそんな伝説に思いを馳せてしまう一冊。

死亡推定時刻

2014-07-27 10:49:44 | 著者名 さ行
朔立木 著

山梨県の有力者である渡辺土建の社長・渡辺恒蔵は
遅く出来た一人娘・美加を溺愛していた。
その美加が誘拐された。
妻・美貴子の懇願もあって身代金一億円を支払えという要求に
応じようとする恒蔵だったが、警察の指示によって受け渡しは
失敗した。

美加は死体となって発見された。
犯人は出来心で財布から現金を抜き出した男とされ、
ろくな弁護も受けないままに死刑が言い渡された。

しかし、国選弁護人の川井はその無実を信じ、判決を覆すために
戦いを挑む。

前半の恒蔵のワンマンぶりや、一方的な犯人確定の過程は
読んでいて気持ちが悪くなった。
しかし、それを理解したうえでないと、後半のスリリングな
展開は楽しめない。嫌だけど。
川井の骨身を惜しまない調査や聞き取り、戦いぶりは爽快そのものだ。
しかし、経済的な大変さや先の見えない戦いを考えるとため息も出る。
流石に現場を熟知した著者だけあり、臨場感抜群。
その反面、犯罪捜査にはこんなことが日常茶飯事なのかと恐ろしくなる。

そして結局は身近な人間関係に秘密が隠れていたというやりきれなさ。
人間って納得いかないままに進んでしまったとき、もっとも強力な
負のエネルギーが爆発してしまうのかもしれない。

天皇家の健康食

2014-07-20 10:15:33 | 著者名 や行
横田哲治 著

「御料牧場」という言葉は時々耳にする。
皇族方の食事を調達するところ、という漠然とした知識はあったのだが、
今回はオーガニックを調べていてこの言葉に出会った。

御料牧場とは明治の食医・石塚左玄の「食養生」の思想をもとにつくられ、
完全有機農法を行っている日本有数の農場だったのだ。

最高の環境で十分手をかけて育てた野菜や動物を、新鮮なうちに
シンプルな調理法で食べる、という究極の贅沢がここにある。
天皇家の食事は塩分控えめで健康的である、ということは聞いたことがあるが、
それはこんな食材があってこそ実現しているのだ。
安く大量につくられた材料にさまざまな添加物や工程を加えてつくる
ジャンクフードの対極ともいえる。

興味深かったのは、伊勢神宮の「神田」「御園」だ。
有機栽培でコメをつくり、原始的な方法で火をおこし、調理して神に捧げる、
という伝統が脈々と守られているという。
それは古いものを伝えるという素晴らしさのみならず、日本人の原点を残す
という意味でも、その方法でコメをつくることがまだ可能だという証明としても
大切な役割を果たしていると思う。

気になることはなんとなくブレがあること。
いくつかの健康法や考え方がミックスされて、どっちつかずになっている。
あるいはまとめ方がそう取れるかたちになっている。
とてもよいことが書かれているだけに、そんな読みづらさが残念。

狂食の時代

2014-07-19 14:49:36 | 著者名 は行
ジョン・ハンフリース 著

なかなかショッキングな内容である。
狂牛病はとても恐ろしい記憶であるが、必ずしも問題は牛だけではない。
人類が長いあいだ願ってきた飢餓からの開放のために研究されてきたことは、
いつのまにか方向を変え、健康を脅かす食物を生み出してしまった。

多くの食物を安いコストで作り出すためには、効率が問われる。
時間をかけること、待つことで出来上がるはずのものを、
短時間で完成させるために、さまざまな方法や薬が使われ、
とうとう遺伝子までも操作されるようになった。

著者はイギリス人であるが、日本の農業にも通じるものが多い。
一見非効率なようでも、多種多様な作物がつくられ、さまざまな動物が
飼われる農家のあり方は、実は理想の姿なのだと著者は語る。

何より印象的だったのは、コストについての文章だ。
食物はこんな生産の仕方で果たして本当に安くなっているのか?
一見効率的で安価に見えても、農業補助金、水の浄化、残留農薬が
及ぼす健康被害への対処など、次第に公的に負担するコストは増えていく。
感情的に食の安全を言い募るのではない。その冷静さがむしろ恐怖を増す。

本書はあまりに刺激的なため、受け入れられない人も多いのではないかと思う。
その一方で、食品に関わる会社関係者や食に携わる人から多く紹介されている。
何を食べるべきか、自分にできることは何か。
現代の暮らしではとても難しいことだが、人任せにしないという
意識だけでももつことは重要だ。