息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

昨夜のカレー、明日のパン

2017-01-25 15:54:31 | 著者名 か行


木皿 泉著

7年前に25歳で死んでしまった一樹の妻テツコは、今も一樹の父ギフとともに暮らしている。古い日本家屋で営まれるゆっくりとした暮らしの時間は、特に伝統的というわけでもなければ、特別なことが起こるわけでもない。二人は毎日働き、帰ってくる。食事は一緒のときもあり、別のときもある。テツコには恋人もいる。ごく普通の暮らしなのだが、すごくあたたかい。なんだかんだいいながら、根っこが真面目でやさしい人たち。少しずつ時のが流れのなかで、一樹の死を受け止めていく。すんなり読めて、しっくりなじむ。私の心にすうっと収まる一冊だった。
これってドラマ化されてたのね。配役的になかなか面白そうだ。好きな本が映像化されると微妙な気持ちになることが多いのだが、これはちょっと見てみたいかも。ライトな雰囲気だからかな。

ヴァージン・ブルー

2017-01-22 13:58:34 | 著者名 か行
桐生祐狩 著

次々と発見される女性の遺体には不審な点があった。性的暴行の痕跡があるのに、男性どころか、他者の存在を示唆するものすら一切残されていない。麦田巡査は謎の男しかわと、その行動範囲にちらつく女性たちを追い始めた。強い力をもつ呪具ともいうべき存在がすべてのもとにあるわけなのだが、そこに頼りすぎないストーリー展開は面白いと思った。逆に最後までその存在としかわとの関係、なぜそこにそれが現れたのかは語られず、もどかしさも感じた。ただなあ、私はカトリックのミッションスクール出身であるので、これはなかなか受け入れづらい。いくらなんでもマリア像ですよ、それをエロティックに使うとはなあ。

タルト・タタンの夢

2017-01-13 09:04:07 | 著者名 か行


近藤史恵 著

飯テロ・フレンチバージョン。
パ・マルって悪くない、ってことらしい。
商店街にある小さなビストロで出される料理は、家庭的で季節感いっぱい。
飴色のキャラメリゼ、リンゴの紅、金色の泡が立ち上るシャンパン、白くとろけるフロマージュ。
こんがりと焼き目がついた黒豚のハーブロースト、とろけるほど煮込まれたカスレ。

そんなおいしそうな店に起こる小さな事件が、ひとつずつ丁寧に解決されていく。
料理に絡んだ秘密は、ささやかな嘘や心のすれ違いをきっかけにしてふくらみ、本人たちにはどうにもできない。
ヴァン・ショー(ホットワイン)を出しながら、そのきっかけを探り、秘密を解きほぐす過程は、
心をあたためてくれる。

私が既婚者だからなのか、「オッソ・イラティをめぐる不和」は印象的。
もともとはとても仲の良い夫婦なのに、夫は妻のおしゃべりを軽視し、妻はそれに絶望する。
愛情がなせる行動とはいえ、ヴィネグレットソースの皿にフォアグラを載せられる……しかも注意したのに2回も!
好きなものなら、なおさら美味しく食べたいし、そっちが食べたいなら、はじめっから自分がオーダーするし!
いや、そりゃ切れるわ……。そして夫は何もわからず、ぽかん。っていうエピソードなんて秀逸。

悪人はいない。わがままものはいる。
でもみんな食べることが好きで、おいしいものがあると幸せ。
読後感もほのぼの。いつ読んでも楽しい。


上野池之端 鱗や繁盛記

2017-01-04 13:10:42 | 著者名 さ行
西條奈加 著

美味しそうだ、夜中なんかに読もうものなら、飯テロ以外のなんでもない。
金春屋ゴメス」で私をとりこにしたあの料理たちが、
洗練されて、上の池之端の座敷で選び抜かれた器に盛られて登場する。もうそれだけで読む価値あり。

江戸に奉公に出されたお末は、自分を迎える冷たい視線に戸惑う。そこで聞かされたのは、以前ここで働いていた
従姉妹の行方が知れなくなり、それが駆け落ちだったらしいという衝撃の話だった。
必死に働くお末は、鱗やが今のような連れ込みまがいの三流の宿ではなかったことを知る。
そして過去に秘密をもつ板前の腕を頼りに、かつての一流店「鱗や」の味をよみがえらせていく。

何度も言うが美味しそうだ。すまし仕立ての蛤鍋、桜鯛と桜の塩漬けが入った桜めし、季節の野菜を一緒に蒸しあげた鰻茶碗、
結びきすの吸い物、ずいきの緑が効いた鮎のすまし、スズキの昆布締め キュウリとネギのなます、青じそをまいた鶉肉の椀、
鰯と野菜を唐辛子と辛子酢味噌で和えた鰯の鉄砲和え、たたいた蛤を卵とすり合わせて蒸した時雨卵、そして鮟鱇の雑煮。
とんでもなく珍しいものは出てこない。
おそらく当時の庶民も知っていたであろう季節の食材を使っている、と思う。
しかし、厳しいプロの目で選び抜いたものを、洗練された仕事で仕上げることで、こんなにも違うものになるんだなあ、と
痛感させられる。
そして六編の物語一つ一つがそれぞれ、鱗やが抱える悲しい物語を紡ぎだしている。
これは鱗やの物語であると同時に、お末という一人の女性が成長していく物語でもある、
お客様に喜んでいただく、ということのうれしさに気付き、もっと喜ばせたいと思い、
それが接客を磨いていく。