息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

くじらの降る森

2013-10-30 10:38:08 | 著者名 あ行
薄井ゆうじ 著

シンタロウの父が残した別荘と、そこに届いた謎の手紙。
その近所で見かける不思議な犬と男。
避暑地の静かな空気の中でであった物語だ。

男はマサル(仮)。彼は出生届が出されないまま、母親に育てられた。
彼が父にそっくりであることに気づき、シンタロウは動揺する。

この世に生を受けること、自分が誰であるかを知ることって
どんな意味があるのだろう。
少なくとも生まれたとき、幼いときには、本人がそれを選び取ることは
不可能に近いのだから。
自分はこうではないはずともがいても、周囲の大人が何もしてくれなければ
どうするすべもない。

やがてマサルはその才能を“くじら”という形で表現し、世の中に影響を与える。
それが直接幸せには結びつかなくても、生きている証はできたのだ。

この話の現実離れした雰囲気は誰もが金に困っていない、ということに
ありそうだ。唯一自分で働き、やめると困るなあと漠然と考える
シンタロウにしても、別荘という器があり、創作という道がある。
あとの人たちはいわずもがな。

最後はなんだか強引に自分の血を子どもに託した形で終わるのだが、
それこそとてつもなく責任が生じ、とてつもないお金がかかるので、
普通の人はそこで現実に戻る。のだが、それもない。
だって困ってないから。まあファンタジーなのだ。
異世界ものなんかにはどっぷりはまりこんで楽しめる私だが、この子ども絡みの
話にはどうもだめだった。
無介助分娩や水中出産など軽々しく扱ってほしくないものが登場するのも
嫌だなあと思う大きな原因だ。

くじらがあふれるほど描かれる黄色い学校とか、潔癖が行き過ぎた描写とか
いいなと思う場面もあるのだが。

城の中

2013-10-29 10:58:56 | 著者名 あ行
入江相政 著

著者のイメージは、昭和天皇のおそばにいつもつきそう穏やかな男性。
東大を出て学習院の教授となり、その後は影にひなたに天皇家のために
尽くしてきた。
昭和天皇とは“はとこ”の関係となり、冷泉家の子孫であるという、大変な
おぼっちゃまでもある。これほどの仕事、一般人として育ったものには
とても務まらないのだろう。

そんな著者がものごとを見る目は鋭い、だけでなくあたたかい。
こんな人柄だからこそ、もののない時代も、価値観の激変も乗り越えて、
そして学究肌の昭和天皇の熱意にときに音を上げたくなったりしながらも
お守りすることができたのだと思う。

ずいぶん古い本だけに、若い人など理解しがたいことも多々ありそうだが、
そんなことを気にせず読めるわかりやすい文章だ。
東京ってこんなだったのだなあ。
バブル後しか知らない田舎者の私にとって新鮮でもあり、出遅れた感もあり。
そして東京って意外にゆたかな季節感をもつことを改めて思い出させて
くれもした。

著者の本は初めて読んだけれど、こんなに穏やかに楽しいものならもっと
読みたいと思えた。

世界の終わり、あるいは始まり

2013-10-25 10:01:52 | 著者名 あ行
歌野晶午 著

東京郊外の町で児童誘拐事件が起こった。
身代金は少額、そしてその金の行方に関係なく人質は銃殺された。

そんな大変なことが起こっても、我が身に降りかからなければ
人はのんきなものだ。
富樫修もそのひとりであり、むしろ騒ぎ立てるマスコミや、パトロールを
強制する自治会へ反感を感じていた。息子の机から被害者の親の名刺と
銃を発見するまでは。

そこからは妄想につぐ妄想の連続だ。
息子の行動を追い、可能性をつぶし、事件の全貌をさぐろうと奔走する。
さまざまなパターンがあるので、幾度も同じ時間を繰り返すことになる。
これは好みによるなあ。
始めは面白いと思ったが、途中で飽きてしまった。

引き込んでおいてどんでん返し、でもなく、まったくの夢オチというでもなく。
なんだか中途半端で、最後まで読み切ってからも「で?」と思った。

構成には力が入っているし、子供たちの描写も面白いんだけどなあ。
残念。

孤虫症

2013-10-24 10:46:57 | 著者名 ま行
真梨幸子 著

週に3度、密かに借りたアパートでの火遊びを習慣にしている主婦・麻美。
それは誰にも知られない充実した日々のはずだったのに、不倫の相手が
次々に変死する。

その死に様は凄惨で、体中に瘤のようなものができていた。
やがて麻美にも身体の変化が現れる。

一人娘の死、妹とのねじれた関係、母との確執、夫とのすれ違い。
華やかな高級マンションで暮らす幸せな主婦の顔の裏には、数多くの
黒い闇が潜んでいた。
人間関係のいやらしさや裏表が、とてもよく描かれている。
そう、怖くなるくらいに。

そしてそこここに出てくる虫の描写は、本当に気味が悪くグロい。
構成やエピソードは面白くても、これがダメという人は多いはず。
何度も挫折しそうになった。

それでも現実にある病気をモデルにしているだけあり、リアルに
形作られた物語はなかなかのもの。
主人公の哀しい育ち方、ゆがんだ認知などぞっとする一方で
身にしみるような話もある。

むしろグロを排して淡々と語られていたらもっとのめりこめたかもしれない。

熱域─ヒートゾーン─

2013-10-23 11:22:21 | 坂東眞砂子
森真沙子 著

近未来、東京の夏はますます暑くなっていた。
お台場には103階建ての通称お天気ビルの最上階3フロアを占める
ウエザーリポート社からは、刻一刻と新しい情報が発信され、
それに基づいて商品の仕入れや生産などが行われている。

そこで気象予報士として働く千原霞は、一見華やかな世界に身を置く
独身貴族に見える。しかし、彼女には問題を抱えた弟、倒れた父、
継母との関係などさまざまな背景があった。

そんな折、行方がわからなかった弟が事故死する。目撃者によれば
それは自然発火としか思えない現象だった。
霞はその謎を探ろうと、奔走する。怪しげなライブハウス、暴走族たち、
廃墟となった低層ビル。しかし何もわからないままに、関係者が次々と
変死していく。

弟がCMで関係していたドリンク「アイスシャワー」が原因なのか。
それとももっと危険な薬物が関わっているのか。

やがて、霞はもっともっと恐ろしい秘密のそばにいることに気づく。
父と台風情報のラジオ放送、気象をキーにつながる親子の思い出。
つながろうとしたのに断ち切られた弟との絆。
そこにはウエザーリポート社の社長までも関連していた。

最後の畳みかけるような話のリズムはいい。
心地よく読みすすめていける。
テーマや内容にも興味がもてるし、よく研究されている。
ただ、ちょっとご都合主義な展開になるのが残念。
すべてがつながった!という快感よりも、え、そこに落とす?という違和感。
きれいにまとめなくてもよかったのになあ、と思いはするものの
面白く読めた。