息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

金色の獣、彼方に向かう

2015-02-05 20:51:42 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

鼬に似た不思議な生き物をめぐる4つの物語。
それは時空を超えて心に響いてくる。

他にない世界観は期待通り。
そして、どの時代を描いても、どんな土地を語っても、
まったく違和感がなく、すっと入り込めるのはさすがだ。

著者によるとこの獣は鎌鼬だという。
人につき、心をあやつり、知恵を授ける生き物。
それがよいものであるか、悪いものであるか、
ひとことでいうことはできない。
ただ、それは人の心の弱さを知り、いつの間にか大きな
影響を与えていく。

特に好きなのは「風天孔参り」。
樹海に現れる穴のようなものに飛び込むと、自身を
終えることができる。
それが何とも美しくそしてあっけない。
そしてそれを探しながらあてどもなく歩く一行は
巡礼のような雰囲気があるのだ。
昔からの歴史があって、代々の案内人がいて──
何とも奇妙でありながら、ごく普通に受け入れられている感じ。
自分の暮らしのすぐ隣にある感じがとてもいい。

登場する男たちがとても普通で、それでいて魅力的だ。

竜が最後に帰る場所

2014-05-20 10:57:35 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

手が届きそうなすぐそこに見え隠れしていそうな、
それでいて手に取れないもどかしさ。
著者の生み出す世界は私にとってそんな存在だ。
既視感がある。
懐かしさがある。
そこに行ってみたい。
戻れなくてもいい。
それなのに行けないことが悲しい。

この5編もそれぞれにしっかりとした世界観が構成されながら、
各々個性的な作品だった。
時間の感覚も独特だ。
行きつ戻りつしたり、長い時間をかけてつくりあげられたり、
世代を超えて受け継がれたり。
いったいどこからこんな物語が生み出されるのだろう。

最も好きなのは「夜行の冬」。
錫杖をもった赤い帽子姿の女が先導する徒歩の旅。
行きついた町は自分がこれまで住んでいた場所のパラレルワールド。
そこで旅をやめてもいいし、さらなる世界を求めてまた
歩き始めてもいい。ただ、脱落したものは闇にのまれる。
とても怖くそれでいてファンタジック。
赤い女の脈絡のない姿には、逆にリアルを感じてしまう。

著者の作品はずっと読みたいと思う。

南の子供が夜いくところ

2013-08-03 10:27:16 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

始まりは親子心中未遂。ユナの説得を受けた両親は、タカシを人に託し、
それぞれ違う島で働き始めた。

タカシが連れて行かれたのはトロンバス島。異国のようなそうでないような南の島だ。
そこでは不思議が当たり前に起こり、魔法が当然のように行われる。

オムニバスのような一見繋がらなそうな短編が7編。
しかし、そこには共通する空気があり、登場人物も少しずつ重なる。
どんなささやかなものにも大切な役割があり、それを果たしている……そんな気がする。
そしてまったくそんなつもりはないのに、その世界観に連れ込まれてしまう。
否応なしに。

著者の頭脳の中にはどんな世界があるのだろう、といつも思う。
トロンバス島は初めてだけれど、元はオンにいたという話があったり
美奥を匂わせる言葉があったり。
どこかでつながった大きな世界があり、見知らぬ怪しげな姿の人々が住んでいるのだろうか。

いつもの道を歩いていたら、知らないところにいた、とか。
小さい頃に団地の階段から見知らぬ庭に入り込んだ、とか。
母と手をつないで歩いていたのに、いつの間にか山の中に寝ていた、とか。
ときどき誰かによって語られる、わけのわからない出来事というのが一番近いか。

トロンバス島ののどかな空気。
海から吹く風。
守るべきものを持つ島に、あこがれと畏れを抱く。

草祭

2013-07-19 10:11:13 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

好みど真ん中。大好物。
どっぷりと美奥の世界につかってしまった。

連作短編集なので、どこかにつながりがあり、登場人物がだぶっていたりする。
人を違う角度から見るようでこれも楽しい。

世界のもうひとつ奥にある不思議な町美奥。
古い水路を通った先とか、民家の路地の向こうであったりとか、
いつの間にか迷い込んでいることもあれば、行き来ができるものもあり、
帰れなくなるものもある。
親に巻き込まれた心中から命拾いした少年、家庭の苦から逃れようとした少女、
限界の状況からここに来たものもあれば、人に連れられたきたものもある。
その姿も懐かしさを感じる町並みであったり、廃屋であったり、
草原であったりし、どこかで会ったことのある人が歩いていたりもする。

得体のしれないかすかな恐怖と、心穏やかに過ごせる安心感。
今という状況に少しでも苦しさや違和感を感じていれば、ここにいたいと思うだろう。
いられるかどうか、その先自分がどんな姿に変わっていくかはわからないけれど。

遠い昔からあった美奥。伝えられる不思議な薬。
何もかもが不思議で妖しいのに、手が届きそうに身近な感じがする。

ずっとずっと読んでいたい、この世界の中に入り込んでいたいと思えた。
そこに美奥があると分かっていれば私は必ず行き、そこにいることを望むだろう。

秋の牢獄

2013-04-15 10:37:00 | 恒川光太郎
恒川光太郎 著

時の流れ、空間のありか、当たり前と思っていることが、
そうではなかったら。
独特の世界観をもつ著者が紡ぐ3つの物語。

表題作は11月7日水曜日を繰り返す女子大生・藍。
何をしてもどこにいても、気がつけば自室のベッドでその朝を迎える。
焦りと不安、苦しみのどん底の中、彼女は隆一に見つけてもらう。
彼は自分たちのことを「リプレイヤー」といい、仲間たちが集まる
公園へと連れて行ってくれた。
藍が一人ではないと感じたときの安堵はすごい。

11月7日水曜日を繰り返すさまざまな人々。
お互いの虚しさや苦しさを語り合いながら、つながりが生まれる。
藍にとってその日は特別ではなかった。しかし、妻の浮気を確認した日、
職場で疎まれている日である人もいる。それは延々と繰り返されている。

お金を使い果たしても、遠いところにいても、どんな状態でも
必ず次の朝リセットされるという特性を逆手にとり、彼らは旅をし、
時をともにした。

しかしそこに忍び寄る北風伯爵の影。
彼が一人ずつリプレイヤーを連れ去るというのだが、それが真実なのか、
消えた人々がどこに行ったのかはわからないままだ。

結局藍たちは一人ひとりに戻る。
刹那のときはいつまでも続くものではないらしい。
ただ、あれほどに怯えていた藍が、友人がリプレイヤーになったことを
知ったとき、手を貸すことなく突き放したことに、その心情を察した。

その他の2篇も力作。
さすがに恒川光太郎、という作品ぞろいだ。