息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

満州・その幻の国ゆえに―中国残留妻と孤児の記録

2014-03-30 11:41:32 | 著者名 は行
林郁 著

満州とはなんだったのだろう?
わが半生―「満州国」皇帝の自伝』や『流転の王妃の昭和史』などを
読む中で、ますます大きくなってきた疑問だ。
それはさまざまな政略が絡みあっていたのだろうが、はたして本当にこの国が成立し、
日本に利益をもたらすと思われたのか? それとも戦争へと向かう時代、いわば
口減らしとして、移民が送り出されたのか?

その国が壊滅したとき、大きな犠牲をはらったのは弱者である一般の人々だった。

略奪と強姦、飢餓と極寒。耐えがたい季節を生き抜いたのはわずかな人数のみ。
しかし、もとをただせば、彼らが勇んで移民していった土地は、現地の住民から
二束三文で取り上げたものだった。

何も知らず豊かな土地への期待にあふれて開拓団に参加したのは、貧しい土地の次男、
三男。そしてかつては好況だった製糸業の後退から行き場を失った女性たち。
日本にいても食うや食わずの暮らしを余儀なくされる立場の人たちが、
それこそ一切の家財を処分して旅立ったのだ。
華やかな大陸文化もあった一方で、その富を生み出す基礎はこの人たちが支えていた。

しかし、現地の人々の怨みはつもりにつもる。
底なし沼の表面に砂をまいてみても、そこは乾いた土地にはなりえない。
敗戦と暴動。そこには地獄しかなかった。
そこで捨てられたり、親とはぐれたり、あるいは集団自決から生き残ったりしたのが
残留孤児たちである。中国人に育てられ、文化大革命の嵐を生き抜いて、自分の素性を
あきらかにできる時代が来たとき、帰国を望んだのは当然といえる。

開拓団の生き残りの人たちの尽力もあり、交流や帰国は一部実現した。
それはきれいごとではなく、多くのトラブルや苦労がつきものであったことも
語られる。文化の違いや引取り側の経済力の限界、そしてなによりも
残された中国の養父母の嘆きが胸をつく。

登場する人ひとりひとりが、残酷な過去を背負い生きている。
過去を言いたがらない人、言ってほしい人。
帰国永住が実現したことで、新たに始まった中日間での家族の別離もある。

幻の国が生んだ多くの悲劇。赤い夕陽を懐かしむ人と忘れたい人。
多くのことを考えさせられる、重い重い一冊だった。

住宅展示場の魔女

2014-03-27 10:19:35 | 著者名 ま行
本岡類 著

スパイスの効いたミステリ短編集。
ちょっと古いので、バブル崩壊だのコギャルだの懐かしいワードが
普通に使われている。あまり気にしなければストーリーはなかなか。

“ハマる”をテーマにしており、さまざまな登場人物が多彩なものに
ハマっている様子にはにやりとさせられる。
みんないい大人であり、いっぱしの職業に就いていたり、人もうらやむ
きちんとした家庭を築いていたりするのだ。
それなのに、どうしても逃げられないさまざまなものたち。

それは通販とか、ゴールデンレトリバーとか、懸賞マニアとか、
まあわからなくはないけれど、そんなに人生賭けなきゃいけないの?
と思うようなものばかり。

懸賞マニアなんて経費をかけすぎて収支が破綻している。
笑っちゃうのだが、これって本当に笑える人は意外と少ないのかも?

まあ、私自身、本とか刺繍糸とかにはずいぶん散財しているのは認める。
アレルギーで断念するまでのジェルネイルだってずいぶん投資した。
高価なものにハマらないのは我ながら賢明であるが、なにしろ
ちりつもである。深く考えないようにしよう。

ミステリなので殺人もあるし、捜査も行われ、謎解きもされる。
しかし、その刑事がまた何かにハマっちゃっていたりするという。
笑い事ではない気もするが、笑い飛ばすのが一番である。

イタリアからの手紙

2014-03-26 10:59:11 | 著者名 さ行
塩野七生 著

古いエッセイなのだが、イタリア暮らしが長い著者だけに、
視点が鋭く面白い。

国民性とか土地の雰囲気とか、観光案内にも出てくるけれど、
かの地に根をおろした人の書くものだから一味違うのだ。

それにしても遠い昔から都であり、権力者とそのもとにある
多くの人を住まわせてきた都市というのは底力がある。
著者はローマをやや年増になっても魅力にあふれる娼婦に
たとえている。
若い頃のような派手やかさがなくても、不自由ない程度に
貢いでくれるパトロンには事欠かない。
それはかつての皇帝であり、カトリックであり、現代のイタリアだ。
恐るべきことにインフラははるか過去にととのえられており、
今もそれは手直しすることで使われ続けている。
コネも財産もあり、幼児期から名門校で英才教育を受けた
名家のぼんぼん、みたいなものか。

それだけに悲しみや闇の歴史も抱え、マフィアのような
一筋縄ではいかないものも含んでいるのだが、それすらも
イタリアの魅力にしか見えない。
そしてイタリアという一言でまとめてしまうにはあまりにも
個性的な土地柄をもつところでもあるのだ。

出不精で行動力のない私であるが、こういう作品は大好き。
石畳の道や夕暮れの光などを思い浮かべながらとことん楽しめた。

少年検閲官

2014-03-25 10:20:06 | 著者名 か行
北山猛邦 著

近未来を感じさせる特殊な世界。
世界各地で津波や洪水が起こり、文明は全滅の危機に瀕した。
多くの命が失われ、残された者たちは制限の中で生き延びる。
書物は存在すら許されず、国家に規制されたラジオ放送のみが
人々の情報源となっている。

英国人の少年クリスは、軍人であった父が亡くなった後、
旅をしながら暮らしている。
偶然立ち寄った小さな町で、扉や壁に赤い印がつけられているのを見る。
その町では首なし死体が次々と発見されていた。

ミステリーなんだが、登場人物たちは何しろ情報をもたない。
フィクションという概念がなく、外の世界に何があるかという関心も薄い。
小さな町ですべてが完結し、耳から入る音声のみがたよりであれば、
恐れるものは幼い子とさほど違いはないのだ。

ここで恐怖の対象となっているのは、町の周辺の森であり、幽霊であり、
“探偵”であった。探偵がなんであるか知らないままに。

クリスは少年エノと出会う。彼はミステリを検閲すべく育てられた。
書物は発見されれば焚書が行われるのだ。
クリスはいつのまにかエノの世界に巻き込まれ、エノはまさに探偵よろしく
謎解きをする。

とんでもない設定であり、だからこそ成り立つ物語。
ファンタジックなのに冷静な部分がちらつき、ひやりとする。
読んでいて新鮮だった。

ひきこもり・青年の出発

2014-03-22 10:29:44 | 著者名 あ行
石井守 著

ひきこもりの青少年の居場所である自立支援センターをつくり、
15年間運営してきた著者。
だからどの事例もとてもリアルである。

冒頭に実際にひきこもっていた本人が、そのときの体験をつづっている。
とても頭がいい人らしく、理路整然と自分に起こった不条理な出来事を
整理してくれている貴重なものだ。
これほどにしっかりとした考えができる人も、一歩つまずいたことで
長い長いひきこもりに突入してしまうことがあるのだ。

北海道の高校教師としてやりがいのあるスタートを切った著者。
のちに大阪へと居を移し、教育のさまざまな問題点を突き付けられる。
学校という場所の限界、教師としての立場の難しさの中では、
ひきこもり青年たちの力になることはできないと判断し、
彼らの居場所づくりへと向かうのだ。

何をすべきか、とか、どうすればひきこもりから脱却できるのか、
ハウツーがあるわけではない。
しかし、こんな場所が必要とされていることや、
こんな活動をしている人がいるということを知るのは無駄ではない。