息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

つむぎの糸

2013-06-04 10:01:40 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

つむぎに対して著者は深い想いがあるようだ。
決して派手派手しくはないけれど、たくさんの手をかけてつくられ、
内側からにじみ出るような輝きと魅力をもつ織物。
大変高価なのに、決してフォーマルにはなりえないところも深い。
要するに本当の着物の魅力を知る、通好みのものなのだ。

本書は大人の魅力が贅沢に満ちた、つむぎのようなエッセイ集だ。
もうかなり古いものなのに、それを感じさせない。

特に著者の作品が好きで、読んできた私にとっては、そこここに
知っている言葉が登場すると嬉しくて、うなずきながら読んでいる。

どれかひとつ、と言われても困ってしまうくらい秀作ぞろいであるが、
中でも好きなのは、「宇野さんの目」。
宇野千代さんとの対談がかない、大先輩に緊張しながらも喜び勇んの著者と、
優しくもてなしつつも真実を見通す宇野さんのエピソードだ。

「宝鏡寺の人形」「宮内庁取材」など、実際に体験しなければわからない
話も多々あって興味深い。

何度も何度も読んで、それでもやっぱり手に取りやすいところに常備
してある一冊だ。

もう一つの出会い

2013-05-04 10:24:45 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

古いエッセイなのだが、美しい文章、そして小説のもととなった彼女の
人生のあれこれが語られ、何度も読み返している大好きな一冊。

過酷な引き上げを経て、土佐の仁淀川のほとりにある夫の実家で
農家の嫁として暮らした著者は、それをどうしても一生の仕事と思えず
保母資格をとって保育所で働き、やがて社会福祉協議会での仕事に打ち込む。

忙しくなればなるほどに夫婦の亀裂ははっきりとし、耐え兼ねて家出。
そして離婚。
当時中高生であった娘ふたりを抱え、必死で乗り越えた日々。
再婚で幸せをつかんだかと思いきや、経済的な失敗から上京することになる。

激動の日々を、芯の強さと努力で乗り越えていく姿に励まされる。
著者は大変な遅咲きで、この状況後40代で会社勤めを経て作家となるのだ。
デビューを掴むまでの日々の物語だけでも実に読み応えがある。
といっても、文章は穏やかで淡々と書かれている。

そしてその筆致で日々の暮らしも語られる。
好きな場所、食べ物、こだわりに微笑を誘われたり。うなずいたり。

心地よくさらさらと流れる水に身をまかせているような気持ちで読める。

クレオパトラ

2013-03-29 10:03:48 | 宮尾登美子
 


宮尾登美子 著

著者がエッセイなどでも時々触れていたクレオパトラ。
様々な女性の姿を描くうちに、スケールの大きい女王の姿に
興味を惹かれたのだろうか。

念願かなって誕生したこの作品は、これまでのクレオパトラ像を
覆すものだった。

周囲を的に囲まれ、常に暗殺の危険にさらされつつ戦い続ける運命。
愛する人に出会いながらも、その感情に溺れることは許されず、
常に国家のために生きる女性。
どこまでも公に生きたクレオパトラだが、著者は違う視点で見た。
彼女の人間臭さや生々しさを切り取り、心の揺れや苦しみを
リアルに描き出したのだ。

結果、伝説の女としての魅力はやや薄れたように思う。
遠い異国の神秘的な女王だったクレオパトラは、著者の筆にかかると
身近な存在になり、恋愛や嫉妬に苦しむ女になる。
これは好みの分かれるところだと思う。

そのぶん長さのわりには歴史的な部分が減っている気もするし。

しかし、著者の作品がとても好きな私としては読み応えがあった。
独自の切り口も、私自身の理解の助けとなった。

いきなり読むクレオパトラとしてはあまりおすすめできないが、
ひとつの新たな見方としては斬新で面白い。

成城のとんかつやさん──記憶の断片

2013-03-22 10:46:08 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

身の回りのことを切り取り、描き出したエッセイ集。
表題作のモデルの店は「椿」であろうか。美味しいんだよね。
こういうブログネタみたいなほのぼの平和なものから、
波乱万丈の引き上げ生活のエピソード、戦前の芸妓になるべく
売られたきた少女たちとの暮らしなどなどバリエーションがすごい。

どれも短くきりっとまとまっているので、ひとつずつ楽しみに
読んでいった、
たとえるなら、さまざまな色が並んだ色鉛筆から、次はこれと
選び出すようなうれしさがある。

私は著者の作品が大好きでほとんど読んでいるが、それらの
後日談やサイドストーリーみたいなものがとても面白い。
寒椿』の少女たちのその後。
『寒椿』そのものが著者の自伝的小説のサイドストーリーのようなものだから、
さらにそれを違う角度から見せてくれる感じがとてもいい。

『仁淀川と暮した二十年』は農家の嫁という大変な立場ながら、のどかな自然に抱かれた
生活が語られる。これは『朱夏』『仁淀川』の舞台を描き出したもので、
ゆったりたっぷりと流れる仁淀川に抱かれた“土佐のデンマーク”は抗いがたい魅力がある。

ある程度予備知識があったほうが楽しめるが、宮尾作品入門編としてさらりと読み、
そのあと小説に入ってみるのもいいかも。

序の舞

2013-03-08 10:10:22 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

日本画家・上村松園の生涯を描く。
運命に翻弄され、ただただ美しいものを愛する心のみを頼りに生きた女性。
男性優位の世界にあって、さまざまな中傷や妨害を受けるが、
自分にしかできない美を追求し、素晴らしい作品を残した。

なかでも女性が身につけている着物や飾りのこまやかさは、それを着ける
喜びを知るものならではの、心浮き立つような彩となっている。

つうさん・津也としては、それほどに強い人にも思えないのに、
絵がからむとたくましい。
展覧会に出品した絵の顔部分をつぶされるという嫌がらせにも、
「そのまま見てもらえばよい」と返し、思わぬ妊娠も一人で産む道を選ぶ。

決して強いばかりではなく、清いだけでもない。
どろどろした情念も秘めているし、嫉妬や恨みも人並みにある。
その人間臭さや愚かさまでも昇華させているのが素晴らしい。

そこには常に娘を信じ、男社会での苦労を察して支える母の姿があった。
この母子のつながりは深く、子育ても仕事もその力なしには成し得ていない。
津也が恋の淵へと落ち込んでしまった時期にも、その苦しさを理解し、
帰る場所を用意していたのは母だった。
普通の結婚がいまよりもずっと重要で当たり前だった時代に、娘の才能と生き方を
信じた母の強さには頭が下がる。

ドラマティックで、しかも実在の人物が多数登場する本書であるが、
あくまでも創作である。
著者のエッセイで、さらりとメモした松園の筆跡の素晴らしさが書かれている。
そこに存在した人のあとを追い、残したものを調べるという膨大な作業の末に
こんな物語が紡がれたのかと思うと、胸がときめく。