息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

重力ピエロ

2011-02-28 13:54:01 | 著者名 あ行
伊坂幸太郎 著

仙台の街を舞台におこる連続放火事件。
現場に残るグラフィティアートが気になる主人公・泉水と、その弟・春は
不可解な謎に取り組む。

映画化されたので、そちらが有名だが、文章で読んだほうがわかりやすいんじゃないか。
エピソードの絡み合い、リズミカルな文章、兄弟の軽妙なやりとり。
すごく楽しく軽やかに読み進めることができる。

泉水の仕事である遺伝子関係の言葉がヒントになったり、
春の出生がキーポイントになったり、
結構重いテーマの気がするのだが、さらりと扱い、読ませる感じ。

そして結末のどんでん返し。
ネタバレになるのでやめておくが、ひとつだけ。
ビジネスホテルのおやじに怒られに行くエピソードが好き。
ばかばかしくも、なんかいい。

伊坂幸太郎、なんとも不思議な空気感をもつ人だ。
仙台にまで興味がわいてきた。

烏金

2011-02-27 16:13:48 | 著者名 さ行
西條奈加 著

金の亡者といわれる金貸し・お吟のところに、浅吉という男が押し掛ける。
烏金(からすがね)とは、翌日烏がなくまでに返さなければいけない、つまり
一日だけ借りる高利の金のこと。
貧しい人たちが、商売の仕入れをするために、その日の食べ物を買うために借り、
さらに貧しさを募らせるような借金だ。

ところが、浅吉が来たことで、この商売は大きく変化する。
ぐるぐると回転するだけで、お吟のところにわずかな利益をもたらすのみの金。
これを新しい発想で生かし、ふやし、商売を広げさせ、そして当然貸した金と利息を
回収する。

浅吉の頭脳の基礎になっているのは和算だ。江戸時代に農閑期や金持ちの道楽として
高レベルの和算が広まっていたのは聞いたことがあったが、数字を理解する楽しみや
それを現実の商売に展開する応用力には感心させられた。

今のことばでいえば、数字に強く、時流を読む先見性と企画力があり、実行力まで
ともなったビジネスマン、みたいな感じか。かっこいいなあ。

もちろん、浅吉がお吟をもうけさせるためだけに現れた福の神であるわけがなく、
そこにはさまざまな事情があるのだが。

浅吉にまとわりつく勘左という烏がなかなかの存在感。
しっかりした時代考証と、斬新な切り口のマッチングはさすがの西條奈加と思わせる。

撓田村事件―iの遠近法的倒錯

2011-02-26 13:35:29 | 著者名 あ行
小川勝己 著

しおなだむら と読む。
横溝正史へのオマージュらしい。

岡山県の山間にある撓田村で、転校してきた中学生の死をきっかけに、
連続殺人事件が始まる。
30年前の事件の再来か、とどよめく住民たち。
主人公の男子中学生の視点で、不気味な事件が語られていく。

悪魔の儀式、過去の記憶、恋愛模様……さまざまな要素が絡み合っていくが、
物語は二転三転としながら、意外な方向へと進む。

エピソードはゆるい。
中学生の下校風景なんて、のんきそのものだ。
村人目線の語りもあんまり緊迫感ないような気がするし。
事件はなかなかに猟奇的なのだが、そんなにおどろおどろしくはない。

ってなんなのだ?って言われそうだが、どんでん返しですよ。
ええ?そうなの、っていう感じに謎は解明します。
結構、がっつり長さを感じるので、じっくり読んで最後にガチっと結論を!
というのが好きな人におすすめです。

春燈

2011-02-25 22:16:42 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

急に春めいて、南風が強く吹いた。
こんな日はやはり春を感じる一冊。

のあと、著者の分身ともいえる綾子がどう成長していくかを語る。

経済的には豊かで何不自由なく育つ綾子だが、生家の芸妓娼妓紹介業という職業により、
さまざまな差別を受け、また、本人も恥を感じて暮らす。
頭脳にも器量にも恵まれていながら、母とは生き別れ、
父と後妻、そしてその連れ子という複雑な家庭の中、身の置き所がない。
とはいえ、もともと我儘なお嬢さん育ち。自分は気を使っているつもりでも現実は
周りを振り回し、とくに後妻の連れ子二人はかわいそうなほど我慢を強いられている。
ただひとりのんきなのは父親で、家業に反対する元妻を離縁し、若く無教養で従順な
後妻を迎えたことで、理想の家庭がまわりはじめたと思い込んでいる。

家業の影響かどうか確定はできないものの女学校の入試に2年連続で失敗し、
不本意ながらも入学した私立女学校でよい友人に恵まれ、成績優秀でありながら、
やはり有形無形の差別はあり、進学が父に反対され、と綾子が鬱々とすることが続く。
女学校を卒業後、裁縫などを教える研究科に進んだものの、実家から離れたくて、
山中の代用教員として赴任する。
ここで、未来の夫となる男性と出会う。
いくら綾子が都会的に育っていても、時は太平洋戦争真っただ中。しかもまだ因習が
残る高知の田舎町。自由奔放な綾子がいかに浮いていたかは想像できるが、
周りの人は振り回され、あきれつつも、あれこれ手助けするはめになる。
これはやはりのびやかな育ちがもたらす徳かなあと思う。

高知の町のようすや時代背景、少女らしい便箋に万葉仮名を使った手紙のやりとり、
貧しく米さえも贅沢とされている山中の集落の暮らしなど、
実際に体験したことだけによく描き出されていて、絵が目に浮かぶよう。
結構ボリュームある小説なのだが、とても読みやすい。
これもお気に入りでかなり何度も読んだ一冊だ。

徳川慶喜家の食卓

2011-02-24 20:25:16 | 著者名 た行
徳川慶朝 著

徳は こちらを参照。

著者は徳川慶喜家当主。
っていうと、すごい豪壮なお屋敷に住み、大勢の人にかしずかれて、
伝統行事を粛々とやっていそうなのだが、意外。

職業カメラマン。学習院じゃない学校卒。マンション住まい。
一人暮らし。伝統行事はあまりというか、ほとんどやっていないみたい。

でも、凝り性とか、美味しいものが好きとか、慶喜そっくりなのでは?
と思えるところが多々ある。
大政奉還から静岡での蟄居。小日向第六天での大きな屋敷ながらも質素な暮らし。
そして太平洋戦争後の財産税、富裕税による没落。
それらを経てご先祖様から伝わるものなどほとんどないと語る著者であるが、
持ち前の好奇心と研究熱心で、子ども時代の食事や殿様時代の意外にシンプルな食事、
対照的にゴージャスなもてなしの膳など、細かく描き出す。
中でも秀逸なのが、英仏米蘭の四国の公使を招いた晩餐だ。
堂々と接見し、その後ともにフランス料理を楽しんだというから、
我が国外交の歴史上、大変な出来事だ。
アスペルジュ(ホワイト・アスパラガス)の説明「うとの類」なんて泣かせる。
うん、うどっぽいもんね。
ちゃんとデザートまで食べて、その後はコーヒーを飲みながら1時間談笑。
公使たちにかなりの好印象を与えたらしい。

著者の母である和子さん(松平家のお姫様)は、当時の上流階級の女性にありがちだが、
あまり料理はお得意ではなかったようだ。
むしろ献立に口を出すことを「お贅沢」と止められていたという。
和子さんの話に出てくる「都鳥」というお菓子は、「徳川慶喜家のこども部屋」でも、
高松宮妃の著書でも登場する。
どうも第六天あたりのお姫様たちの心をとらえた、かわいらしいお菓子であったらしい。
……見てみたかった。ハッカのメレンゲであることはわかっている。

高松宮家にはお子様がなかったので、著者はかなり可愛がられたらしい。
晩年、お見舞いにビーフシチューやビシソワーズを持参し、喜ばれたとか。
って、そうです。そんなものまで、しかもソースから!作るような著者。
やっぱりこのこだわりぶりは慶喜家の血筋なのだろう。