息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

陰陽師 天鼓ノ巻

2012-08-31 10:20:07 | 著者名 や行
夢枕獏 著

晴明の邸は季節の訪れが色濃く感じられる。
桜、藤、夏草、菊。
つくりこまれた庭ではない、自然をそのまま切り取ったかのような、
それでいてたしかな主の秩序が感じられる庭。

庭の見える簀子に座し、酒を飲みながら話す。
「陰陽師」シリーズでもっとも多い場面だが、実に楽しげだ。
そして今回は、そこに蝉丸と楽の音が加わることが多かった。
この世のものと思われないような贅沢な時間。

あやかしも不思議も寄ってきたくもなろうというものだ。

涼やかな顔をして、都の闇を払う晴明の魅力は、
さらに増すばかりであるが、博雅の天然そのものの“よさ”も
磨きがかかっている。

暑さに疲れてきた今日この頃、ゆっくりとした時間を感じるひととき。
ほのかな菊の香りや風になびく秋草へのあこがれが募ってきた。

月夜に鴉が啼けば

2012-08-30 10:42:58 | 著者名 あ行
岩井志麻子 著

怪奇と恐怖の12の短編集。
登場人物たちは普通のようでいてそうではない。

「この子に翼が生えるまで」は特に印象的だった。
上司と不倫関係をもつ女性は、いつも待ち合わせで使っている喫茶店に
飾られた「鳥女」に惹かれていく。
彼女は上司との関係のあと卵を産むようになる。
ある日その絵は消え、不倫関係には終わりが訪れる。

じんわり忍び寄る冷たい空気。
ひやりとした恐怖がひたひたと迫ってくる。
登場人物それぞれが秘める狂気。
普通との境目が見えないだけにあやうい。

強いて言うならこのグロな感じが少し苦手。
土着の湿り気ある作品が多い著者の作品だが、これはすごく乾いている感じがする。
からからではなくかさかさ。
風が吹くと音を立てるような乾き。

こんなふうに書き分けるのも才能なのだろうな。
闇と恐怖と怪奇の世界、まだまだ読んでみたい。

姉の結婚

2012-08-29 10:10:40 | 著者名 ま行
群ようこ 著

ちょっと古いのだが、すごく面白い。
人の心の動きとか、揺れとか、そんなものをとてもうまく切り取っている。

傍から見るとバカバカしいのに、自分だけは固執してしまうことって、ある。
なんの迷惑もかけないならいいようなものの、理解は得られない。
なので、とてもつまらないことながら秘密として抱えている。後生大事に。

お金には不自由しない、と言い切れる人はそんなにいないだろう。
つつましく暮らしても、切り詰めても、残るものはたいして多くない。
だからこそ、シビアにもなるし、悩みも多い。
ここに登場する人物たちは、それぞれがセコく、見栄っ張りだ。
それもほんの少しずつ。なので憎めない。

特にう~んと感心してしまったのが、「家賃」。
給料手取り13万5000円のOLが家賃8万円のマンションに住むという、どう考えても
無茶なプロジェクトに1円単位の作戦で挑む。節約できるものは究極まで節約、
不要なものには目もくれず、努力を重ねる日々。皮肉なことにはそこに恋人が
入る隙間すらなくなるのだ。
シュール。
でも絶対こういう人はいると思うし、この不況下増えていてもおかしくはないな。
一人暮らしといえば夢も希望もある。なんだか泣き笑い。

私自身は一人暮らしの経験なしなのだが、結婚当初はかなりの貧困だった。
だから、あるあると思えるし、そのぶん楽しめるのかも。

英雄の書

2012-08-28 10:48:55 | 著者名 ま行
 


宮部みゆき 著

主人公・森崎友理子の兄・大樹がクラスメートを殺し、姿を消した。
人望があり、頼りになる兄のはずだったのに。
友里子が兄の部屋で耳にしたのは書物の声。
兄を奪った「英雄」とはなんなのか。破獄が起こった、とは。

彼女は書物の導きのまま、兄を探す旅に出る。
普段暮らしているのとは違う領域。無名僧という不思議な存在。
オルキャストという役割。
不思議な世界観の中で繰り広げられる冒険は、自分自身と戦いの日々でもある。

壮大なファンタジーながら子供騙しではない。
また、よく使う言葉なのに使い方や解釈が違うものが多い。
それがわかりづらさ、入り込みにくさにつながっているのは事実だ。
じっくり頭を整理しつつ読まないと混乱してしまうかも。

しかしながら私はファンタジーとかこういう異空間が大好き。
ややロールプレイングゲームばりな雰囲気が強いが、それを差し引いても
すごい世界観だ。
上下2巻の長い物語なのに、上巻は世界観の説明に随分ページを割いているのに、
それでももっと知りたい、まだまだ読みたいと思わせられる。
ものごとの価値観をひっくり返すような設定を盛り込むには、これでは
まだまだ足りないというのが印象だ。

大樹が英雄に取り込まれたきっかけは、クラスメイトのいじめだった。
いじめを見逃せなかったことから自らが次の犠牲者となり、担任までもが彼を
見捨てた。
その陰湿さ、逃れられないやりきれなさは、今いじめが注目されている時期だけに
リアルに胸に迫る。

最終的に大樹が戻るわけではなく、家族の苦しみが終わるわけでもない。
それでもそれぞれに心の整理をつけ、自分のすべきことを探りはじめる。
誰にも知られなかったはずの友里子の冒険が、どん底から家族を救い、
僅かな光を見出すきっかけになったのだ。
何よりも強くなった友里子の心が、未来を暗示する。

狐闇(きつねやみ)

2012-08-27 10:40:23 | 北森鴻
北森鴻 著

瑠璃の契り』に続く冬狐堂シリーズ第2弾。

店をもたない“旗師”と呼ばれる骨董屋・宇佐美陶子。
自分自身の眼だけを頼りに、様々な思惑が錯綜する世界を生き抜いてきた。

競り市で入手した二面の「海獣葡萄鏡」。ところがそのうちの一面がそこにあるはずのない
「三角縁神獣鏡」であった。
何者が張り巡らせた罠。関係があるのかないのか相次ぐ死。
ついに古物商の鑑札が剥奪されてしまう。

海千山千の世界だけに信用がないものは仕事を失う。
民俗学者、古代技術研究家、カメラマンと多彩な面々が揃い、謎解きが始まる。
そこには、明治期の県令の名を冠した「税所コレクション」が見え隠れし、
ただの骨董屋の小競り合いではないことがわかってくる。
さらには衰退した南朝方天皇家の復活などという話まで飛び出す壮大なスケール。

何よりも楽しいのは、著者の作品を読んだ人にとって、おなじみのキャラクターが
あちこちに登場すること。
しかもその個性を遺憾なく発揮し、陶子をサポートする役割としてだ。
豊富な専門知識、美への愛着。

話が広がりすぎて現実味に欠ける部分もあるものの、しっかりとした構成と
高い美意識に引き込まれてあっという間に読んでしまう。