息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

九つの銅貨

2012-11-30 10:56:24 | 著者名 ま行
ウォルター・デ・ラ・メア 著

著者は「幼な心の詩人」とも評される20世紀前半の英国を代表する詩人で幻想小説家。

小学館少年少女世界の名作53巻で「小人のやくそく」というタイトルで読み、
ずっと心に残っていた作品。

ああ、あれが読みたい、と思い立つと止まらず、本棚をひっくり返し書店をめぐる。
今は本はもたない主義と(泣く泣く)決めたので、どうしても読み返せず
ブログアップを断念することも多い。
きっと実家が近かったら、物置捜索とかまでやっちゃうんだろうな。
何しろ何もかもが残っている家だ。状況は想像するだに怖い。
むしろよかったよ、遠くて。

これは「極北のおおかみ少女」とともに収められていたので手元にあった。

荒れ果てた城跡に祖母と住む少女・グリセルダ。
美しく賢い彼女は働きもので、貧しいながらも楽しく暮らしている。
しかし、祖母が倒れたことでどうにもならなくなる。
看病のために働くこともできず、僅かなお金も底をついた。
疲れ果て階段に座り込んで泣くグリセルダの前に突然小人が現れる。
彼は九つのペニー銅貨をくれるなら家事を手伝ってくれると言う。
その間グリセルダは働きに行けるだろうと。
おばあさんには決して見つかってはいけないと。

それを受け、グリセルダは近所の農家へ働きに行く。
小人がしてくれる家事は素晴らしかった。
毎日グリセルダは余分に心づけをもらい、1ペニーを小人のために壺に入れた。
ところが約束の日、壷をあけるとお金はなかった。

単純なおとぎ話のようでいて、不思議な含みを持たせている。
小人は何者なのか。グリセルダのために働いてくれたのではないのか。

そしてさすが詩人だけあって、どこを切り取っても美しい描写が続く。

グリセルダがわずかに残っていたオートミールで作ったおかゆを
祖母の病床に運ぶとき、少しでもおいしくとそっと添えられたリンゴの花。
不思議な小人に連れて行かれた「海の底の岩屋」の神秘的な空間。
報酬にとまつげを要求され、そっと目をつぶって跪くグリセルダ。
そして生まれ始めた小さな恋心。

夕暮れの風も細い小道も、何もかもがまるでキラキラと輝いていて、
手を伸ばせばそこにあるように感じる。

父帰る

2012-11-29 10:39:13 | 著者名 か行
菊池寛 著

明治時代、行方不明になっていた父が突然帰ってくる。
そのときの家族の姿を描き出す戯曲。

中流階級のつつましやかな家、六畳の間、正面に箪笥があって、
その上に目覚時計が置いてある。
前に長火鉢あり、薬缶から湯気が立っている。卓子台が出してある。
賢一郎、役所から帰って和服に着替えたばかりと見え、寛いで新聞を読んでいる。
母のおたかが縫物をしている。午後七時に近く戸外は闇し、十月の初め。

ほのぼのと暖かい場面だ。
苦労の末、これを手に入れた長男は、文字通り粉骨砕身父の代わりとして
働いてきた。
弟妹を中学まで卒業させ、妹には縁談も多く、心配なく暮らしている。
妹・おたねは二十歳、ということは、父を知らずに成長したことになる。

このおだやかな一家に訪れた突然の来客。
20年ぶりに帰宅した父は落ちぶれ、惨めな姿であった。
母と次男と娘はあたたかく迎えたけれど、長男は父を許せない。

父が失踪してすぐ困り果てた母子が身投げまでしたこと。
教科書すら買えなかったこと。
母のマッチ貼りの内職がなかった一ヶ月、家族で昼食を抜いたこと。
10歳から給仕として働き、弟妹の学費をつくったこと。

長男が語る事実は重く、父のことを許せないのも仕方ないと思わせる。
激しい言葉で拒否された父は再び去っていく。

しかしやはり父を捨てきれず、狂ったように追いかけるところで話は終わる。

父、都合いいな~。
私だったら長男の言葉で追い返し、もう追いかけない。
でも、家族の絆が強い時代で、しかもこの年齢では仕事もなく福祉もなく、
子どもの責任感も今とは比べものにならなかったのだろう。
そして、いくら努力家とはいえ、20代にして一家を支える長男の姿にも
時代を感じてしまう。いくらつつましく暮らしているとはいえ、
現在の20代の給与で家族をやしない、妹の嫁入り支度まで整えるなんて
無理もいいところだろう。

とまあ、いろいろ書いたがケチをつけたいのではありません。
この古き佳き時代の背景をじっくり楽しみ、心の葛藤と愛情を知る。
それを堪能できる作品だ。

あのころはフリードリヒがいた

2012-11-28 10:04:11 | 著者名 ら行
ハンス・ペーター・リヒター 著

第二次大戦下のドイツを舞台に、ごく普通の人々の暮らしや心が変化し、
子どもの運命までも翻弄していく様子を描き出す。
子どもの目線で、同じ年の子どものことを語っているだけに、
その残酷さや逃れられない苦しさ、そして異常事態が日常となっていく
恐怖が迫ってくる。

ドイツ人の少年“ぼく”は、同じアパートで暮らし、1週間違いで生まれた
ユダヤ人・フリードリヒと家族ぐるみで仲良くしている。
“ぼく”の家は貧しく暮らしも楽ではないが、フリードリヒの家は
余裕があった。

しかしときは戦時下。ナチスが勢力を伸ばしつつあり、状況は変わってきた。
“ぼく”の父はナチスの党員となり、よい職に就くことができた。
その一方でユダヤ人に対する迫害が始まり、フリードリヒの家族をとりまく
環境は過酷になっていく。
“ぼく”の父は彼らに国外へ逃げるように警告するが、そこまで危機を
感じないフリードリヒの父は、それをしなかった。

これは運命の分かれ目だった。
逃げられるときに逃げ延びて生き残った人はいたはずだ。
刻々と死の足音が近づき、一般市民がユダヤ人に暴行をはたらくという
これまでなら信じられないことが起こるようになってくる。
フリードリヒの母は心労のため死に、父は逮捕された。

第二次大戦の暗い記憶ホロコースト。
よき市民たちが正義の名のもとに暴行をはたらくというのは恐怖そのものだ。
先日の中国で起こった「愛国無罪」の人々もこんなふうに感情が
高ぶっていったのだろうか。

「アンネの日記」のアンネ・フランクも、父の判断で国外逃亡をとりやめた
ことが悲劇につながったという。昨日までのよき隣人がこれ以上自分たちに
危害を加えると誰が思うだろうか。
友人であったはずの人をかばえなくなる過程は、悲しいけれどよくわかる。
わかってしまう自分がまた嫌になる。
そんな想いを“ぼく”は一生背負うことになってしまった。

静かに人間そのものに着目していることで、争いの虚しさを突きつける物語だ。

鬼の跫音(あしおと)

2012-11-27 10:28:18 | 著者名 ま行
道尾秀介 著

心の闇を映し出す6篇の短編集。
遠い過去に起こしてしまった完全犯罪や、祭りの夜の悲劇。
自分の中の奥底に閉じ込めて忘れたつもりの出来事が
ずっと自分自身をゆさぶり、苦しめ続ける。

著者の作品はダークで深みがあって引き込まれる反面、
あまりに手が込みすぎて冗長に感じることがある。
しかしこれは短い中にぎゅっと濃縮されていて、
休憩の余地がないほど。

実際1話ずつ楽しみに読むつもりが、我慢できずに一気読みした。

きちんとオチがある。きちんと人がいる。
気持ちが語られ、追い込まれていく。
救いがない話も多いのだが、不快感より感動が先に立つ。

ちなみにタイトルは独自に付けられたもので表題作は存在しない。
そんなセンスも好き。

どこにでもある、手の届く怖さ。
好きな人は絶対はまる。

ただひとつだけ。「冬の鬼」のラストで出てくる
時代設定にありえないカッターナイフの存在。
これは異空間だ。異次元だと言われるかもしれないが、ちょっと醒めた。

レンタル・チャイルド

2012-11-26 10:46:46 | 著者名 あ行
石井光太 著

物乞いの親は子を障害者にする、という話は聞いたことがあった。
それが子に対する愛情なのだと。
少しでもお金をもらえるように、楽に暮らせるようにと願い、心を鬼にして
子の手足を奪う。
なんて壮絶な話なのかと思ったが、それはビジネスとして成立しているという。
ショッキングな話ばかりが詰まった一冊だった。

インドはもはや貧しい国ではないと思っていた。
優秀な頭脳をもち、コンピュータの世界を牛耳ろうとしている人種。
私の知っているインド人は子女の教育に熱心で費用を惜しまない。
それでいてカースト制度や嫁の持参金が不満で起こるサリー殺人など、
迷信的なものも残る国、そんな印象だったのだ。

しかし、依然として徹底した貧困は残り、食べるためだけに生きる人がいる。
体を売り、臓器を売り、子どもを売ってなお平穏な暮らしが不可能な人々。

物乞いのために貸し出されるレンタルチャイルドをキーワードに、
スラムや公園の片隅で暮らすホームレスたち生き様が語られる。
はじめは幼い被害者であった人々がやがて青年マフィアと呼ばれ、
より弱いものから搾取する縮図には、やるせなさを感じる。

死にかけている、動けない。それすらが同情を買う商材となり、
処方箋が売られ、遺体がさらされて、少しだけの寄進を得る。
読みながら苦しくなるような事実の数々だ。

著者は大学卒業後インドにわたり、現地の様子を体あたりでレポートしている。
そこは高く評価したいが、問題はその内容。
正義感と正論が前に出て、むしろ彼らの暮らしを悪化させるきっかけを
作っているようにしか見えないのだ。
せっかくの綿密な取材と現地での人脈がありながら、どことなく上から目線の
不快感を感じさせるのはそのせいだろうか。