息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

世田谷農家に教えてもらう本当においしい野菜の食べ方

2014-10-26 09:43:45 | 書籍・雑誌
マガジンハウス編

東京都世田谷区というのは器が大きい。
いかにも東京というイメージの都会的な場所もあれば、広大なキャンパスをもつ学園もあり、
にぎやかな商店街があれば、懐かしい団地もあり、桜並木が美しい高級住宅街もある。
花咲く丘があり、豊かな川の流れがあり、小さな森もある。
そしてもちろん畑もある。
実は代々農家だったりするわけだ。

農地は決して広くないし、すぐそばに住宅が迫っていたりするので、
耕作にはさまざまな工夫をしている農家が多い。
まだ一般的ではない珍しい野菜があったり、少量ずつ時期をずらして育て、
収穫の時期を調整したり。少量のパッケージを開発したり。
そんな12の農家を訪問して書かれたのが本書である。

そしてとれたての野菜をシンプルに食べるためのレシピが豊富に紹介されている。
ちょっと意外な食べ方もあって非常に楽しい。
なによりも簡単なのがいい。
そのまま真似をしなくても、ああこの野菜にはこんな顔もある、と気づくだけで
料理の幅が広がりそうな一冊だ。

紙の月

2014-10-25 09:19:55 | 著者名 か行
角田光代 著
ごく普通の、いやむしろ育ちがよくまじめなタイプの41歳の女性が、
いつのまにか横領に手を染めていく過程が胸を打つ。

夫との間に感じる微妙な違和感、ささくれのような小さな傷は
思いのほか痛み、そして広がっていく。
もっとも身近な相手のはずなのに、なんでも言い合える関係になれるとは
限らない。その心の揺れはよくわかる。

女子校の同窓生たちのエピソードにも引き込まれた。
1円2円の節約に燃え、わが子の悲しみよりも優先してしまう母。
この厳しい時代にそれは笑えない。
よいものを買い身に着けることでステイタスを感じ、身の丈に合わない
暮らしを追い求め、結果家庭も失った妻。
バブルを経験した世代にとって他人ごとではないはずだ。

ひとつひとつはさほどでもないものたちが、いつのまにかたまったとき、
それは圧倒するほどの影響力をもって、人間を支配する。
主人公・梨花にとっての光太は、満を持して登場した“きっかけ”だったのだろうか。
他人の目から見れば、何のとりえもない若者。
ただ、年上の女性に惹かれ、奢られ、引きずられ、揚句には
自分を解放してくれという男。
そんな相手でも何かをする対象としていとしかった梨花が切ない。

あらゆる崩壊のあと渡った南国の地は、ぴりぴりとした逃亡中でありながら、
ゆるさをなげやりさを秘めている。日々そこに溶け込み薄汚れていく感覚が
伝わってくる。
どんなに追い込まれてもお腹はすく。そこで梨花が食べる食べ物は
人目をはばかりかきこんでいるのにもかかわらず、湯水のように金を使って
食べていた豪華な食事よりもおいしそうに見えるのだ。

たんなる横領犯の逃亡劇に終わらない面白みがあった。

マシアス・ギリの失脚

2014-10-20 22:04:50 | 著者名 あ行
池澤夏樹 著

谷崎賞受賞。
著者の作品は初めて、じゃないかもしれないけど、ほぼ記憶にない。
びっくりした。面白くて。

長編だし、始まりが割合冗長なので、だらだら読んでいたのだが、
途中から目が離せない状態に陥ってしまった。

南洋ののどかな島国ナビダード民主共和国。
マシアス・ギリはここの大統領であるが、一度失脚したことがある。
彼はストイックで国を愛しており、かつて若き日を過ごした日本文化に
多大な影響を受けている。

あるとき、日本からかつての大戦の慰霊団47人がやってきた。
彼らは島内をめぐるバスに乗って出発したが、行方がわからなくなる。
時を同じくして、ゆるぎないと思われていたギリの政治生命にかげりが見え始める。

日本を絡めた国際援助や小さな国が生き延びるために知恵を絞る姿など、
政治的なエピソードはリアリティがある。
そしてそれと全く同じ温度で、巫女や伝説、祭りなどが存在する。
不思議な島の中で起こった出来事は、どんなに非常識でもその島の中では常識の一部。
やがて戻ってきたバスも笑顔で迎えられ、帰国するだけ。

折々に挟まるバス・レポートはおかしさと非現実と、そしてどこかに
シュールな事実を秘めている。

この物語にはさまざまな女たちが登場し、それぞれがとても一生懸命に生き、
役割を果たしている。
ただ面白いだけではない、絶対に忘れられない輝くものを心に残す物語だ。

修道女フィデルマの叡智

2014-10-10 16:28:46 | 著者名 た行
ピーター・トレメイン 著

聡明な修道女であり法廷弁護士であり裁判官でもある王女フィデルマ。
美貌の彼女が、古代アイルランドを舞台に不思議な謎を次々と解き明かす短編集。

アイルランドでは男女は平等に教育の機会があり、フィデルマのように高い地位に
つくことも可能だったという。
現代でもアイルランドは独特の文化をもっているが、当時はさらにそれが顕著で、
その様子を読むだけでも興味深い。

これが現代の物語なら、こんな完璧なヒロインなんか鼻について読めない!と
思ってしまいそうだが、神秘的な時代や王室を背景にするとそれはない。

フィデルマはキリスト教の修道女だ。それは今に通じるものでもあるが、
もともとアイルランドには独自の宗教観があった。
そしてローマには壮麗な都にふさわしい文化があり、宗教の中心地としての
誇りもある。
そんな温度差や、見解の違いなどもとても面白かった。

少々堅苦しい印象はあるが、謎解きはリズミカルで意外に読みやすい。
重厚な古代の空気の中で、軽やかなフットワークで事件を分析するフィデルマは
実に魅力的だ。

シリーズ化されているし、長編もあるようなので、もう少し読んでみたい。

美しい水

2014-10-09 10:16:47 | 著者名 か行
神崎京介 著

モチーフは好きなんだけど……う~ん。
文体がなんとも苦手な感じで、読むのにとてつもなく時間がかかってしまった。
著者は官能小説を書いている人だということだが、官能小説ってこんななの?

バイク便ライダー・沢木に奇妙な依頼が来た。静岡のある湧水から水を汲んできて
欲しいという。
その数日後、こんどは空気を運んでほしいという。
依頼者は水アレルギーの女性だった。
それ以来奇妙な出来事が起こり始めた。

沢木と恋人のシーンとか、どんな伏線なんだろうと期待したのだが、
どうもうまく着地してないし、「リセット・ハイ」が関係したと思わせぶりな
不思議のあれこれも、結局は否定されてるし。
もっと人物や出来事を整理してシンプルにしたほうがよかったのかも。
いや、そんなに多くはないんだけど、うまくはまっていないパズルみたいで、
かみ合わなさがもどかしいっていうか。

構成は悪くないと思うんだけどなあ。きっと相性の問題なのだろうな。