息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

和菓子のアン

2012-10-23 11:21:20 | 坂木司
坂木司 著

ほのぼの、ほんわか。優しい気持ちになれる。
デパ地下の和菓子屋を舞台に、ちょっと太めの女の子が初めて仕事に就き、
社会の入口に立つ。
そこには多くの先輩たちやちょっと変わり者の同僚、さまざまなお客様がいて、
主人公・杏子にとっては驚きと学ぶことばかりだ。

ただ!私は忘れていたのだ!
著者は大変な甘いもの好きである。
ひきこもり探偵シリーズ「青空の卵」を読んだ以上異論は認めない。

……そして私はそこまで甘いものが得意ではない。
いや嫌いじゃないのよ。さっきだって大福食べたし、高級和菓子なんて大好きだ。
でもでも、著者のようにお土産菓子までもまんべんなく愛し、満腹でも別腹!と
たからかに宣告し…というのには程遠いのだ。
なのでちょっとひきました。

しかし和菓子のもつ歴史や背景とか、接客を学ぶ課程などはとても興味深い。
もちろんデパートの裏の顔も。

学生の頃ちょこっとだけ茶道をかじったことがある。
実は餡が食べられるようになったのはこれがきっかけだ。
毎週菓子店から届く和菓子は、季節感や物語を秘めた美しいもので、
その魅力のとりこになった。
だから菓子の説明の部分は熟読した。
楽しい。
そしてそのときに学んだのだ。見た目が綺麗と食べて美味しいは両立しないことがある。
ちなみに私にとって苦手系は夏に多かったです。涼しげなやつ。
そう言う意味では「未開紅」をはじめとする師匠のお菓子はハズレなしという感じで
是非ともお味見したい。

忘れていたがこれはミステリーだ。
だから謎解きがある。
それもお菓子にからみ、季節感があり、そして決して人を傷つけない小さな謎。
それを店頭にいながらにして解き明かしていく「みつ屋」のスタッフたち。
そのすっきり感もとてもいい。

って甘いものがどうこう言った割にはしっかりと堪能してしまった。

夜の光

2012-02-19 10:17:41 | 坂木司
坂木司 著

天文部──もうそれだけで地味な感じ。
しかし、高校の部活ってそこならではの特徴があり、伝統があり、目的がある。
正直部活には所属したいがあまり活動はしたくなくて、つるんでなにかやると
言うこと自体が好きではなくて……という個性派ぞろいが集まったのが
舞台であるこの高校だ。

熱く燃えるのもいいしチームワークをがっつり学ぶのもいい。でも、こんなふうに
心の奥を理解しながらも束縛のないつながりっていいなと思う。
しかし彼らはゆるいだけではない。

そこにいるのは仮の姿だから。

自分自身を守るために。未来を切り開くために。
彼らは実は誰よりも一生懸命に生きている。
それは大学の推薦を取るために勉強しつつ表面的にはクラスメイトともうまくやる
ことであったり。
横暴ともいえる祖父の手伝いをしながら、養蜂業に就く準備をこつこつ進めていたり。
父の暴力と見て見ぬふりの母を見限り、ギャルの仮面をかぶってバイトと資格取得に
励むことであったり。

そこに普段バラバラの生活の中で生まれた小さな謎解きが挟まり、スパイスを加える。

天文部だから、夜集まるのは当たり前。合宿だって不自然じゃない。
自分たちをスパイと名乗り、個々のミッションをこなす彼ら。
高校生という、精神的には大人に近いのに自力で何かをするには厳しいという年齢を
戦っていく姿が切ない。
敵はどこまでもつながりが切れない家族であり、その言葉にゆらぐ自分である。

頑張れ、きっと戦い抜け。絶対に幸せを掴め。素直にそう思う。
天文部に所属した時点で彼らは孤独から解放されたのだから。

もしかしたら、のんきそのもの放任主義の顧問・田代は、実はすべてお見通しだったの
かなあ、と思う。だとしたらかっこいいぞ。

短劇

2011-12-16 10:23:57 | 坂木司
坂木司 著

他の作品のイメージで読むとちょっとだけ違和感がありそうな、
初めての奇想短編集。
26編がぎゅっと詰め込まれている。

少しだけブラック、ちょっとだけビター。
そしてスパイスも効かせた大人の味わいだ。
人の心のやさしさやちょっとした温かみを描き出すのがうまい著者だが、
本書では影や闇の部分を見つめている。

印象的だったのは「試写会」。
それぞれの物語が個性的なのはいいのだが、ちょっとばらつきが
あるのは気になる。うまく言えないのだがテイストとか、完成度とか、
バラエティというよりはムラと思えてしまう。

そうはいってもこれだけの作品を26編読めるのは贅沢。
さらっと読めてとてもお得な感じだ。

ただ折々感じる人の心を包むような文章はさすがの坂木司。
今後このような作品も数を重ねていくと、もっと面白くなりそう。


切れない糸

2011-06-02 10:48:14 | 坂木司
坂木司 著

ほのぼのと読める坂木作品。

大学を卒業を間近に控えた主人公。
落ち続ける就職試験にうんざりしているところに、突然の父親の死が襲う。
家業のクリーニング屋を継がざるを得ない状況に陥り、小さな商店街での
暮らしが始まる。

困った人や動物をほうっておけない。
これが主人公の根っこにある。
だから、急な運命の変化に戸惑っていても、接客の方法を知らなくても、
みんなに助けられてどうにかしていく。
その合間に、ちょこちょこと謎を解決していくのだ。

連作ミステリではあるが、おおげさではなく小さな謎に人間模様が絡む感じ。
こういうの好きだなあ。
坂木司の書くものって、やさしい人が多くて、これで大丈夫?
世の中渡れるの? こんな人ほんとにいるの?と思うことが多い。
でも、読み重ねていくと、その中の強さが見えてくる気がする。
芯が強いから、傷つくことを恐れない。だからやさしい。

主人公の成長とともに、自分も少しだけ成長できる気がする作品だ。

シンデレラ・ティース

2011-02-13 11:29:15 | 坂木司
坂木司 著

あの「ホテル・ジューシー」の夏、ヒロちゃんの友人、サキはどう過ごしたか?

子どもの頃の経験から、苦手で仕方がないはずの歯医者でバイトをすることになったサキ。
おっとり育ちのよさそうな主人公にぴったりの、おだやかであたたかい職場だ。

とはいえ、苦手な場所での初めての仕事。失敗もあれば、発見もある。
謎めいた患者が来ることもある。
それを分析し、解決していく無口で仕事熱心な歯科技工士に、いつしか心惹かれていく。

坂木司らしい軽やかな謎解き。いかにも女子大生のバイトがテーマのお手軽な感じと
思わせておいて、ああ、じっくり勉強したんだなあ、取材したんだなあと思える。
というのは、あとがきを読めば裏付けられる。

歯は本当に大切だ。意識の高い時代になってから生まれた人は幸せだと思う。
二度と戻らないものだから。気軽に虫歯をつくっていた過去がくやしい。
だから、大人になってからは意識して定期検診をし、クリーニングをしてきた。
子どもの歯には徹底して気を配り、どうにか虫歯なしで永久歯列がそろった。
もし歯並びが悪かったら矯正即決のつもりであったが、幸いその必要はなかった。
すごいお嬢様でも歯並びが悪いとがっかりなのに、凡人ならなおさらだ。
ああよかった。

サキも最終的には歯科検診と虫歯治療を受けるまでに、歯医者嫌いを克服する。
顔にあるから、よく見えるから、そして食べ物を取り入れるための大切な器官だから、
歯から受ける精神的な影響も大きい。
気持ちよく笑うために、おいしく食べるために、大切にしなきゃなあ、と素直に思えた。