息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

幕はおりたのだろうか

2013-02-28 10:54:41 | 著者名 は行
林真理子 著

今日も林真理子。
ご覧のとおり古い作品が多い。
以前結構読んだのだ。

でもある時期、エッセイやブログで期待はずれを感じたことから
なんとなく読まなくなっていた。
最近ちょっと読み返してみると、意外なほどに面白い。
時代ならではの古臭さやいやらしさもあるのだが、そこもいい。
何よりも若い女性の心理を、ちょっと年上の目線から切り取る感じが
ほどよく冷静で鋭いのだ。

同じアナウンサーとしてであった夏美と恵子。
今も昔も大変な競争率を誇り、人気を競い合わなくてはならない仕事だ。
本人たちも負けず嫌いで努力家なのは間違いないけれど、それ以上に
周囲の思惑や社内事情から振り回される。

夏美は新規採用で王道を進み、ニュースキャスターを目指す。
しかし、不道徳といわれる恋をしたことで失脚したかに見えた。

恵子は他局からの引き抜きという華やかな存在。おとなしそうで
好感度の高いルックスであるが、帰国子女のため周囲と軋轢を生む。
誰もが羨む玉の輿に乗るが、夫は急死する。

怒涛のように進む二人の人生。
さまざまな障害が行く手を阻んでいるかのように見える。
しかし、彼女たちは決して足を止めてはいない。
未来を見据えて学び、磨き、前へと進んでいるのだ。

幕はおりたのだろうか。
華やかでキラキラとした若さだけの日々の幕はおりたのかもしれない。
しかし、何かをつかもうとするふたりはまだステージの上にいる。

戦争特派員(ウォーコレスポンデント)

2013-02-27 10:56:28 | 著者名 は行
 

林真理子 著

ファッション業界の先端に身を置く女性。
ひととは違う恋を探したとき、そこにいたのは硝煙の匂いがする男だった。

ちょっと古い小説なので、主人公のタイプがバブル時代を感じさせてしまうのだが、
この“差別化”“わたしは特別”という願望はいつの日もあると思う。
ましてや主人公・奈々子は、仕事をもち、自分なりの成功をおさめたという自負がある。
先端の業界で、しかも時代を創りだすクリエイティブな部署のサブチーフ。
そこらの若い男との恋愛では、自分を納得させることができないのだ。

飛行機のエンジントラブルによる急な宿泊で、であった男・梶原。
彼はベトナム戦争の経験があり、どこか影があった。
これまでのどの男たちとも違う彼に、奈々子はとらわれていく。

これまで興味をもったことがなかったベトナムに惹かれる奈々子。
実際に足を運び、自分の目で確かめる南国は、菜々子が無意識に避けていた世界だった。

今はすっかり気軽に行ける観光地となったベトナムであるが、この話の頃はまだまだ
解放されたばかりで、堅苦しさや不便さとは切り離せない。
華やかさや流行のさなかで仕事をする奈々子にとっては戸惑いも多いが、それだけに
これまで考えたこともなかった世界を垣間見る。

奈々子の無邪気なまっすぐさや、一生懸命さはいとしい反面、ひたすらに虚を追い求める
世界に身を置き、自分だけは違うものを手に入れようとする欲望にはリアルやいやらしさも
感じる。
これは女性の暗黒な面をうまく引き出した林真理子ならではだろう。

そして若い彼女が真摯に追い求めた初老の男が、決して彼女が思っているような男では
ないであろうことは途中から予想できる。

いわば若さゆえのバカな面を突きつけられるのだ。
それは同性としてつらくもあり、切なくもある。

林真理子はアメリカの南北戦争を、ロマンが残る最後の戦争というようなことを語っていた。
ベトナムは伝説が残る最後の戦争なのだろうか。

クレオパトラの夢

2013-02-26 10:34:14 | 恩田陸
恩田陸 著

MAZE』に次ぐ神原恵弥シリーズの第2弾ということなのだが、こちらが断然面白い。
というより前作は印象が薄くて思わず読み返した。結果やっぱり薄かった。
主人公・神原恵弥(めぐみ)はとてつもなく濃い強烈キャラなのだが。

恵弥は双子の妹・和見を連れ戻すために、北の地・H市を訪れる。
そこには和見の不倫相手である若槻がいるはずだった。
しかし、そこで行われていたのは彼の告別式。
すべてがこれで終わる、という和見の言葉とは裏腹に穏やかではない事件が次々と起こる。

そもそも恵弥は和見のためだけにここに来たのか?
見え隠れする追跡者たちの目的はなんなのか?
H市の歴史に包まれた大きな秘密と、それを利用しようとする大きな陰謀が錯綜する。

ちゃんとした裏付けがある事実をもとに構成されたミステリーは大好物なわけだが、
これはそのあたりがツボだった。
登場人物のキャラクターが個性的すぎること、あまりにも小さな人間関係でちんまりと
まとまってしまうことが、2時間ドラマっぽいチープな雰囲気をつくってしまったことは
残念だが、それはそれ。
むしろ2時間ドラマみたいなネタでここまで作りこんで読ませるのはすごい。

寒いけれど美しい北の街の描写もいい。
一度だけ行ったあの街の魅力がよく描かれている。

物語はすっきりと完結したけれど、登場人物たちがすんなり幸せになるためには癖がありすぎて
一筋縄で行かない感じがいやにリアル。おざなりなハッピーエンドでないところが大人的か。

ねむりねずみ

2013-02-25 10:01:28 | 著者名 か行
近藤史恵 著

梨園を舞台に展開する三幕構成の推理。
時が止まったような独特の世界の中で、芸に賭ける執念が燃えあがり、暴走する。

父の壮大な計画のもと芸事を身に付け、梨園に嫁いだ一子。
その美しい夫・優=銀弥は深見屋を継ぐべき期待を背負った役者だった。
あるとき、彼は言葉を失い始める。
ごくごく普通の言葉が頭の中から消え、口から出てこなくなった。

大阪の劇場で歌舞伎役者の婚約者である料亭の女将・川島栄が殺された。
謎に謎が重なる中、大部屋俳優・小菊とその友人である探偵・今泉が調査を始めた。

わかりづらい歌舞伎の世界の裏側が垣間見えるところは興味深い。
そして若いファンはこうやって楽しんでいるんだなあということを知ることができたのも
収穫だった。

伝統芸能だけに、良い家柄に生まれたひとが主役となることは決まっている。
歌舞伎が好きで好きで、成長してから自らの意思で研修生となり学んだ人は
脇役やその他大勢として舞台に立てれば御の字。
仕方がないこととはいえ切ない現実だ。
それでも年に一度の勉強会でよい役を経験することだけを支えに精進する。

そんな人たちが支えているだけに、名家に生まれたものとて楽ではない。
常に才能と努力を評価され続ける日々だ。

普通の幸せを求める人が、この世界では異形なのかもしれない。
そこまで思いつめてしまうほどの厳しい世界だったということか。

愛情を試してみる、自分への思いを問いかけてみる。
ささやかな誰にもあることが、大きな事件を産んでしまう、なんとも切ない物語だ。

高瀬舟

2013-02-24 10:07:27 | 著者名 ま行
森鴎外 著

罪人を乗せて島へと送る高瀬舟。
別れの哀しさと、これからの不安で満ちているのが普通なのに、
その日乗せられた男は違っていた。

護送役の同心・羽田庄兵衛は、いつも違う罪人の様子に声をかけてみる気になる。
30歳ほどの男・喜助は、弟殺しの罪を負っていた。

彼は輝く月を見上げながら晴れ晴れと語る。
これまで極めて困窮した暮らしをしてきたこと。
司直により島送りが決められ、生まれて初めて与えられた金を懐に入れたこと。
とてもありがたく思っていること。

羽田は貧しい役人の少ない報酬に不満を抱いていたことを密かに恥ずかしく思う。
その一方でこれほどの男がなぜ罪を犯したのかを問う。

喜助の弟は病気だった。
早く両親を亡くし、ともに助け合いながら働いてきた兄弟にとって、
これは大きな打撃であり、それを本人が一番わかっていた。
ある日、喜助が家に帰ると、弟は自らの喉を剃刀で切り虫の息であった。
そして早く剃刀を抜いて楽にしてくれと喜助に懇願した。
喜助はその通りにした。
そして罪を負ったのだ。

なにが悪かったのか。なにが罪でなにが罰なのか。
もはやわからない。
そしてこんな状況は現代ではもっともっと起こっているのではないか。

人工呼吸器をはずす。胃瘻をやめる。
痛み止めを大量に投与する。
本人が望んでいて、確実に楽にはなるが、したものが罪に問われるもの。

羽田はこれが本当に殺人なのかと思い、裁きに身を委ねるしかないと考えながらも、
お奉行に尋ねてみたいという気持ちが残った。

喜助のようにすべてを超えて幸せだといえる人は少ないだろう。
達観したような姿には崇高なものすら感じる。
そして裁きとはなんなのかと思う。