息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

春日局

2011-01-31 12:24:12 | 著者名 か行
北原亞以子 著

タイトルの頭に小説がつく。

フィクションなのだが、よく言われる三代将軍乳母の気性や特徴をよくとらえ、
それが彼女の生まれや婚家の状況などの環境による影響が大きかったことを、
素晴らしい物語にまとめ上げている。

三代将軍家光を溺愛したこと。
大奥の基礎を築く、たくましい女性であったこと。
強引に天皇に面会を迫り、それが譲位につながったこと。

そんな断片的な情報しか知らず、読み始めたが、実に面白かった。
出世からは縁遠い夫とともにいては未来はないと割り切り、
息子たちに道を拓くためにも自ら乳母として働き始める。
もちろん、この時代、何らかのつながりなくて職を得ることは難しかったろうが、
一方で天下泰平にはまだ間があり、立身出世を夢見るものには抜け道もあったようだ。

虚弱な家光を三代将軍にできたのは、世の中が落ち着き、もはや足元をすくわれることは
ないとした徳川家が、実務能力よりも今後の家の跡継ぎの在り方を明確にしておくことを
優先したからにほかならないと思うが、その時の運とともに、これほどになりふり構わず
尽くしてくれる乳母を得たことも家光の強運のひとつといえそうだ。

でも、なんていうか、世が世ならばモンスターペアレントそのもの。
平和な世で子どもを介したお付き合いとかなると、とても無理!と思う相手である。

月の裏側

2011-01-30 11:13:29 | 恩田陸
恩田陸 著

九州の柳川をモデルにしたとおぼしき箭納倉を舞台に起こる失踪事件。
被害者はひょっこりと戻ってくるが、それはもとのままのその人ではない。

調べを続ける元大学教授の主人公は、人であって人でない“人間もどき”が
いるのではないかと思い始める。

じんわりと迫る恐怖、穏やかな日常、どちらも少しも矛盾しない。
のんびりと時が過ぎていくようで、それの何倍もの速さで、何者かの浸食が
進んでいくようで。

水郷地帯のしっとりと湿った空気、空に浮かぶ蒼い月。
美しい恩田ワールドに静かな恐怖が共存する。

いったい誰がすでに盗まれたのか、盗まれていないなら“いつ”盗まれるのか。
じりじりとしたあせりと不安。
もしかして、自分はすでに盗まれたのではないかという疑い。

派手な騒ぎや戦いはないのに、日常的なエピソードを軸に、物語が編まれていく。

着物の悦び

2011-01-29 23:12:31 | 著者名 は行
林真理子 著

著者はかつて時代の先端を書くコピーライターであり、髪型や服装もとんがっていた。
やがて作家がメインの仕事となり、年齢を重ねるとコンサバティブが美しくなる、
と発言するようになった。これは本当にそうだと思う。
こてこてのコンサバである必要はないが、よくよくおしゃれで体型や髪、肌にまで恵まれて
いないと、走りすぎたファッションはイタい。

そして、彼女は年齢に合わせた教養も必要と、茶道や日本舞踊も始めた。

ここらあたりはとても共感でき、尊敬もできた。
しかし、この本は失敗だったかな。
何かを始めると、それを人に言いエネルギーにするところがあるような著者だが、
着物は奥が深いし、あうんの呼吸で理解していく部分もあって、文章で白黒つけると
野暮な部分がありそうだ。
これはずいぶん前の作品だし、今さら蒸し返さなくても、とも考えたのだが、
ご本人のブログで結構着物の話が出てくるのだ。
それがどうもなかなか素敵と思えない。で、なんでだろう、と読み返したところ。

着物の格をえらい、えらくない、であらわしたり、若い子に洋服感覚の地味な色は
もったいないよ、と諭したり、なかなかためになることも多いのだが、素直に
楽しめないのは、やはり特定の業者への揶揄や、あるいは媚みたいなものを
感じてしまうせいか。

せめて、今書くのならよかったのに。と残念な感じの作品です。

ガラスのスニーカー

2011-01-28 14:55:48 | 著者名 か行
久美沙織 著

まさかの1982年発売。当然古書店でしか入手不可能。
手もとにはもうないが、この表紙も文章も鮮やかに心に残っている。

地方の地味な高校生だった私に、東京の女子高生の暮らしを垣間見せてくれた。
何しろ、きれいなものやおしゃれをすること、外の世界へ目を開くことは
すべて悪いことだと決めつけられていたから、当時の私にはどうすれば自分の
好きなことをできるのかさっぱりわからなかった。

そんな私にきれいになりたい、という気持ちは決して悪いことではなく、
努力には価値があるとわからせてくれた。
そういうのが心の救いだったのだなあ。
そして『Olive』を読み、おしゃれをしたい気持ちを少しずつ育てていったのだ。

自分らしさを否定したり、きれいになろうとする気持ちをつぶしたり、
そんなことだけはするまい、と思って娘を育ててきた。
いま、彼女がするおしゃれは、私まで幸せで包み込む。

2011-01-27 15:32:00 | 宮尾登美子
宮尾登美子 著

太宰治賞受賞作。
デビューのきっかけとなった自伝的小説。

大好きな宮尾本。高校生のときからいったい何回読んだかわからない。
著者をモデルにした綾子は、わがままながらもとても魅力的で、身近な友人のようにさえ思える。
エッセイの中で、この本を書くまでのコンプレックスや葛藤、家業を恥じる思いなどを
知っているだけに、おろそかには読めない気がする。

昭和の初めごろの著者の故郷である土佐を舞台に描かれる物語。
芸妓娼妓紹介業を営む父と、それを嫌がりながらも逆らえない母。
愛人に産ませた子・綾子を引き取る前後のごたつきを乗り越え、なさぬ仲ながら綾子が生きがいとなる母。
しかし、長年の闘病の末、長男を失い、次男が母の意に染まぬ結婚をし、家業を手伝うようになると、
夫婦の心はさらに遠く離れていく。

昔ながらの女である母・喜和の生き方は哀しいが美しい。男の力がないと生きられないような
もろさを見せていながら、その実、ここぞというときのたくましさがまたいい。
父・岩伍はよくも悪くも純なのだろう。若い頃は博打・喧嘩に明け暮れ、人助けと信じて商売を
始めれば、熱心さで成功する。愛息を失ったときの仏教への打ち込みにも、その性格が表れている。

ドラマティックで筋を追うだけでも面白い。
一人ひとりのキャラクターもしっかりしていて、それぞれに熱烈なファンがいるというのもうなずける。

でも、私が一番好きなのは、全体にただよう春の夕暮れのような空気だ。
ほんのり桃色がかったような、やわらかい肌触り。
文中には手が切れるような凛とした冬の日も、実り豊かな高い空の秋の日も、うだるような夏の日もある。
なのに、なぜかそんな気がするのだ。

春の夕暮れ時に生まれたという著者のオーラに包まれるのか?

宮尾本に悪人なしの原則はもちろんここでも生きている。貧しい人も困った人もいるけれど、しんからの悪人などいない。
読後感のさわやかさは、きっとそこに在る気がする。