息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

孔雀狂想曲

2012-09-30 10:03:08 | 北森鴻
北森鴻 著

骨董屋が舞台の連作短編集。
しかし、宇佐見陶子が活躍する「冬狐堂シリーズ」とは異なり、
庶民的でほのぼの、そこらへんにある街の古道具屋という感じだ。

扱う品物もピリピリと研ぎ澄まされた芸術品ではなく、手にとって
ぬくもりを感じられるようなものが多い。
九谷焼、人形、ガラス細工、ジッポーにポスター。
雑多なジャンルものたちが集まった店は「雅蘭堂」の名のとおり
暇そのもの。

店主・越名の人柄も魅力的。万引きを気に押しかけバイトになった
女子高生・安積の気持ちもわかる。
そして日頃はのほほんとして見える彼の仕事へのプライドが、
事件がおきたときに現れるのだ。

兄に対する悪質な罠へ立ち向かう越名。
贋作への姿勢。
預かり物を破損した時の責任感。

どれも仕事への誇りと姿勢がよくわかる。

楽しい物語だが、取材に基づく膨大な知識がすごい。
なんだか賢くなれた気がする。


平台がおまちかね

2012-09-29 10:05:36 | 著者名 あ行
大崎梢 著

新人出版社営業・井辻智紀は、自社の先輩のみならず、他社の営業マンたちにも
刺激を受けつつ、仕事を学ぶ日々。

書店まわりの日々には時々不可思議なことが起こる。
自社本を大量に売ってくれた書店で受ける冷たい対応。
文学賞授賞式当日に突然失踪した著者。
平台の本がいつの間にか入れ替わり、そこに一冊だけ違う本が入り込む。
派手でもなければ警察が出てくるものでもない、しかし当事者にとっては
とても大切な事件。
そんな小さな謎を解き明かしていく物語だ。

主人公の素直さや人の良さが微笑ましく、書店を通じてつながる人間関係も
いい感じ。実際はライバル同士、いろいろと戦いもあるのだろうが、本を愛する
という共通項でうまくやり過ごしている。
彼の日々を追ううちに書店の仕事、出版社営業の仕事というものも理解できて
楽しい。

本が好きで好きでたまらないのに、あえて編集を避けたのは、あまりに愛しすぎるから。
一冊の本にのめり込むと何度も読むのみならず、ジオラマづくりにまで没頭して
とてもじゃないけど仕事にならないのである。
一歩引いた営業という立場に身を置いても、やっぱり本は好き。
平台という舞台のスペースを少しでも獲得し、多くの人に読んでもらいたいと願う彼。

売れる本だけ、新刊だけが注目をされがちだけど、私の読書傾向とは全く違う。
いいなあ、という本に出会い読む喜びは、わかる人だけに共感できるものだろう。
綺麗事ですまない世界なのは重々承知だけれど、主人公のピュアな仕事ぶりが
清々しくて嬉しかった。

×一(バツイチ)の男たち―彼が離婚した理由

2012-09-28 10:49:38 | 著者名 あ行
石坂晴海 著

×一(バツイチ)の女たち―彼女が離婚した理由の男性版。

性が違う、視点が違うってこんなことなんだなあと実感する。
離婚が悪いわけではなきし、ましてや結婚に至る道が間違っていたわけでもない。
じぶんたちなりにお互いを大切に思い、ずっと一緒にいたいと願って結婚した。

そしてすれ違いが始まる。
一部にはまったくその努力を放棄している場合もあるけれど、基本的には
どちらもまっすぐにものを言っているのだ。伝えようとしている。
なのに、まったく通じなかったり。違う意味にとられてしまったりする。

私は女性であるから、「女たち」のほうはすべてわかると言わないまでも
かなり理解できたと思う。
しかし「男たち」では、びっくりの連続だった。
そしてああ、という納得の連続でもあった。

一緒にいたい、という望みの裏側に、「食べさせろ」「傷つけるな」
「喜ばせろ」「楽をさせろ」……もろもろが透けて見えたとしたら、
それは恐怖だろう。しかし悪びれることなくそれをしてしまっている
精神構造が女性にあるとしたら、それも恐怖だ。
そして逆に女性にそうあって欲しいと強要する気持ちが男性にあったら
それも恐怖だ。

平等に同じことをして育ち、仕事をしてきたはずなのに、結婚を前に
したとき、大きな違いが出てくる。そこに妊娠出産がある以上、ある程度は
仕方ないのだが。

結婚めんどくさい、と思う人が増えてくるのも納得だよなあ。
うまくやっていくにせよ、終わりを決めるにせよ、膨大なエネルギーが
必要なことは間違いない。

顔のない男

2012-09-27 10:26:26 | 北森鴻
北森鴻 著

砧公園で殺された一人の男。
身元はすぐに判明したものの、彼を知るものは誰もいなかった。
交友関係は皆無、接点すらない。
原口刑事と又吉刑事は彼の部屋で一冊のノートを発見した。
そのノートから次々と事件が発覚する。

どこかに通うとか、特定の取引先がある、とかそんな仕事をする
必要に迫られなければ、こういう暮らしも不可能ではないんだ、と
改めてびっくりした。
そして謎が謎を呼ぶ展開。次々と増えていく登場人物とその背景に
いったいどこまで広がるのだか不安を覚えるほどだ。
しかし、最後にはきちんとおさまるのはさすが。

で、途中で気づいたのはこれって連作短編集なのね。
そうか、どうりで話がいろいろなはずだ。
てっきり長編だと思って読み続けていたのは、それぞれがきちんと
関連してつながって最後を迎えるから。
登場人物たちの個性もよく書き分けられ、適材適所に配置されている。

結構暗いというか嫌な事件が多いのだが、ちゃんと解決するので
すっきりの読後感。
謎の主人公よりも、周囲の人たちのもつ世界が興味深かったな。

ゲルマニウムの夜

2012-09-26 10:39:20 | 著者名 は行
花村萬月 著

第119回芥川賞。

修道院兼教護院。外と隔絶された世界だ。
そこで暮らした経験のある男・朧(ろう)が人殺しをし、逃げ込んできた。

一度は宗教の場に身を置き、守られた経験もあるはずなのに、
彼にあるのは本能の衝動のみだ。
かれが宗教に対して抱くのは“試す”ことのみ。
修道女を犯し、暴力に突き進む描写はショッキングだが、流れる感情は
静けさに満ちている。

過去の忌まわしい虐待と神への冒涜と。
それは理由にはならないけれど、かといって否定できないほど悲しみに
満ちた記憶ではある。

好き嫌いは分かれると思う。
インパクトは強いけれど、それだけに不快感も大きいだろう。
私は暴力やグロテスクなものは好きではない。
ましてや宗教の場を汚すというのは許せない気がする。
それでも、印象に残る一冊であることは否定できない。