息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

神去なあなあ日常

2013-01-14 10:48:30 | 三浦しをん
三浦しをん 著

勉強は苦手。かといってやりたいこともない。
とりあえず入った高校の卒業は確定したものの、その先はまあフリーターでいいか。
というそこらへんにいそうな主人公・勇気。

両親と担任の陰謀で送り込まれたのは神去村。
なんと彼は林業の研修生となったのだ。

どうなることかと思いきや、意外に根性がある勇気。
脱走すら実現しそうにない山奥で、マイペースな林業の天才・ヨキや
山の持ち主であり中村林業の社長清一に助けられながら成長していく。
誠一の息子であり、地域でたったひとりの子供である山太のかわいさや、
繁ばあちゃんの独特の存在感、村人たちとの交流もいい。
若者が皆無の土地で、奇跡のように出会った女性・直紀へのほのかな恋心も
芽生える。

厳しい現場のようすは、自然の魅力と怖さを突きつけられる。
そして山を守るということの厳しさや、林業を維持していくことの難しさも。
現在手入れの余裕もなくほっておかれる山は膨大な数になる。
それは空恐ろしい状況といえる。
そ、そ、そ、そういえば、実家にもわずかながら山林があったはず。
あれっていったいどうなっているのだ? 小さい時に行ったきりでいまや
場所も境界もまったくわかりませんが。

地方ならではの排他性やそれに傷つく勇気の姿もリアルだ。
研究生を受け入れて養成したにもかかわらず、あっさりと去られた人のむなしさも
語られる。
地元の大切な祭りに彼を参加させるか否かは問題となるが、
勇気は自分の真摯な働きをもって住民を納得させる。構えるでもなくかろやかに。

頼りなく、せいぜい真面目なのはバイトだけっていう高校生が、仕事の厳しさと
楽しさ、親のありがたみ、それでいてもう自分の居場所は神去だという自覚を
得ていく過程はとても面白い。
そして何よりも木の香りが漂うような自然の描写が素晴らしい。

秘密の花園

2012-05-14 10:42:20 | 三浦しをん
三浦しをん 著

あの名作の同名小説。しかしここでいう花園は庭園ではない。
歴史ある閉鎖的なミッションの女子校だ。
規則に縛られ、みな同じ姿でいることを強制される女子ばかりの狭い空間。
それゆえの気楽さとそれゆえの息苦しさが共存する世界。

なつかしい。
まあこの舞台はかなり優秀な学校のようなので、そこは違うのであるが。

何しろトップがカトリックのシスターであったりするわけで、世間の常識とは
かけ離れているといっていい。
そこで純粋培養されてきた“下から”の子とか、厳しい家の子は、とんでもない
世間知らずとして育っていくのだ。それが高評価を得る場合もあるというのは
承知しているが、特有の価値観や認知のゆがみが生まれてしまうのは仕方ない。

異性に対する拒否感や潔癖さをもつ生徒も多い。私が通った学校は男女交際禁止を
はっきり校則としていたため、あえて選ぶ生徒や親もいたくらいだ。
登場人物のひとり・那由多も幼い頃の記憶が無意識にここを選ばせたのかも。
ある意味在学中は守られるのだ、汚いと少女たちが感じるものから。

この物語では図書館が効果的に使われている。
シスターに溶け込むほど地味な姿ながら、高品質で高価な服をまとう司書。
彼女は卒業生でもあることから、生徒の主流からやや外れて見える主人公たちに
それとなく共感をしめす。
図書館が好きでこっそりと通っていた私にはなつかしい光景だ。
なんでこっそりかというと、暗い変な人と思われたくないがためだろうな、ヘタレだ。

数少ない若い男性教師との恋もありがち。なにしろ男性教師の妻は軒並み卒業生だ。
大人になってみるとなんで?というくらいの人物に、多くの生徒が憧れる。

そして一見クールで女の子女の子していない、独自の存在。こんな子になりたかった。
とても強く甘えがなく素敵に見えるのだ、その内部は混沌に満ちていても。
どんなに真似しようとしてもできない存在、翠は多くの生徒にとってそうなのだろう。

思春期を秘密の花園で過ごすことが何をもたらすのか、私には結論が出ない。
大人になってからの生きやすさを考え、娘は男子多めの共学に入れた。
でも、あの女子校特有の世界や価値観が懐かしく、よかったと思うこともある。
そんな気持ちをとてもリアルに思い返した物語だ。

乙女なげやり

2011-07-16 11:39:29 | 三浦しをん
三浦しをん 著

なんというネーミング! まさに秀逸。
まったくもってなげやりな、脱力系エッセイだ。

昨今いくつになっても“女子”と名乗る人の多さに違和感ありありな私だが、
“乙女”と言われてしまえば反論の余地などない。
何かをやらかすなら中途半端はダメ。大事にすべし、とは前々から思っていた私だが、
それは真実だったようだ。

天然そのものの母親と、シュールな弟とのやりとりも楽しいし、とことん方向音痴とか、
片づけベタとか、ある程度ネタはあるだろうが、己をさらすさまはすがすがしいほどだ。

文中に自らを「小説を書く“みうら氏”とエッセイを書く“をん”の合作」とあるが、
(もちろん大嘘)一瞬信じるほどに小説とのイメージは違う。
っていうか、この人ジャンルによって全く雰囲気が違う文章を書く。

しかし、このエッセイを読んでみて、ひとつ秘密を理解した。
あのボーイズラブのシーンのもとは、漫画だったのね。
漫画をこよなく愛す著者、文庫版の表紙は松苗あけみ。なるほどね。

きみはポラリス

2011-05-28 11:48:36 | 三浦しをん
三浦しをん 著

いまさらである。相当に恥ずかしい……。
なんかヘンだと思っていたようないないような。

三浦しをん、ずーっと“しおん”って書いてたよ。ごめんなさい。
しかも結構読んでる作家だっていうね……。


で、気を取り直して。
恋愛小説、とはいうものの、いろいろな立場の人たちの日常を切り取った
短編集だ。
11の小さな物語は、舞台も登場人物もさまざまで、恋愛とひとことでくくるのは
難しいほどだ。

でも三浦しをんらしい“毒”がところどころにちくりと効く。
ハッとする結末とか、ぐらりとくる心の動きとか、それはその物語それぞれに
違うところなのだけれど、決して甘くとろけるだけのストーリーに終わらせない。

個人的には「私たちがしたこと」が印象深かった。
サバサバとした雰囲気の女の子二人が、繊細なウェディングドレスのビーズを縫い
薄いベールに刺繍をする。そして、共通の暗い秘密を隠している。
なのに、別に罪におののくわけでも、恐怖におかしくなるわけでもない。
輝く白い布はビーズでずっしりと重みと光を増し、祝福の日がやってくるだけだ。
その淡々とした雰囲気がラストの「素敵な不毛だ」という言葉を彩る。

好き嫌いはあるだろうな。私は好きだ。

風が強く吹いている

2011-03-11 11:46:16 | 三浦しをん
三浦しをん 著

はっきりいってスポーツはあまりやらない。
嫌いというわけではない。たまに見るのは楽しいからね。
でも積極的ではないので知らないことが多い。
この本の中でも繰り返し語られるが、箱根駅伝って、多くの人にとって
お正月気分の中、おせちをつまみつつ、朝っぱらからほろ酔いで見る
年中行事な感じでは? まさにこれが印象だった。

そのこちら側にいた学生たちが、ハイジの緻密な計画と、走の才能によって
いつの間にかあちら側を激走していた。

ぶうぶう文句を言いながらジョグしていたど素人と部活引退組。
たまたま(あるいはハイジの作戦で)竹青荘というぼろアパートに住んだだけの
つながりだったはずなのに、いつのまにか箱根をめざすことになる。
物語の前半は彼らが少しずつ磨かれていく過程を語る。
あくまでも“今年”をめざすという無茶ぶりと、それなのにそこへ行くための
必要最低限の要素を満たすハイジの詳細なプログラムに驚かされる。


後半は本当に行ってしまった箱根駅伝を、ランナーに乗り移って一歩一歩
ともに走るような文章が続く。
胸が痛くなるような箱根の厳寒の空気を吸い、輝く湘南の海沿いを進み、
横浜駅で大観衆の前を横切り、大手町で歓声の中に飛び込む。
そして研ぎ澄まされた走りの中で、選ばれしものだけが見る光景を目にするのだ。

たくさんのドラマが生まれていることは知っていた。
花の2区なんて言葉も聞いたことはある。
でも、そこにこんなにも輝いた瞬間が満ちていたとは。

マンガにもラジオドラマにも映画にもなったらしい。
そういうのにかえって引いてしまい、今まで読まなかったのだが……惜しかった。