息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

くちぬい

2014-09-20 15:44:59 | 坂東眞砂子
坂東真砂子 著

田舎暮らしにあこがれる人は多いという。
そんな雑誌やサイトもよく見かけるし、定年後のひとつのあり方として
考えている人も多いのだろう。
でも田舎で育ったものとしては、そんなに天国なわけないと思う。

地域ならではのルールや付き合いは多いし、交通や買い物は不便だ。
プライバシーはなかなか理解されない。
人間関係だって、過去の出来事や婚姻関係まで理解していないと
スムーズには運ばない。
違う土地から来た若いお嫁さんですら苦労を重ねているのに、
ほぼ生き方や考え方が出来上がった老年夫婦がうまくいくほうがまれだと思う。
あと生活費が安いというのは幻想だ。確かに野菜はタダ同然かもしれないが、
その季節どこでもタダ同然の種類のものだけだし、それには巨大なきゅうりや
できそこないのナスなども含まれる。
それでいて競争がないゆえに、洗剤などの生活必需品は定価と思ったほうがいい。
確かにネットではなんでも買えるが送料が高く、かつ何を買ったかはすべての
人の知るところとなる。
よほど移住に協力的な自治体で、似たり寄ったりの人ばかりが住むところなら別だが、
たぶんアジアの田舎にでも住むほうが気楽だと思うよ。

とマイナス面ばかり思い浮かぶが、それが恐ろしい話として昇華したのがこれだ。
素朴な高知弁、ゆたかな自然。コミュニケーション能力が高く、土地に溶け込めそうな
趣味をもつ夫。東京の放射能に恐れをなしていた妻。
条件的には揃っていたのだ。
しかし、一見のんびりとした土地は、決してよそ者を歓迎しなかった。
連続する嫌がらせ、やがて命の危険すら忍び寄ってくる。
怖いのは人間。それも複数が気持ちを合わせたとき。

いつの間にか引きずり込まれる恐怖にとらわれる。

2014-09-15 11:04:50 | 坂東眞砂子
坂東真砂子 著

土佐の山奥にある小さな村。
年貢を納めると、食べるものにすら事欠くような貧しい暮らしが営まれている。

ある日を境に村人の狂乱が始まった。
ひとり、また一人と踊り狂い、知るはずのない高尚な文学の一説や、
神仏を侮辱する言葉をわめき散らす。
それは毎日一定の時間に始まり、夕方には収まった。

弘化元年(1840年代)に実際に起こった狗神憑きのさまだという。
この騒ぎの原因が一体なんだったのか、それは何をすればおさまったのか、
実はそんなに重要なことではない。
というか、読んでいるうちに重要ではないと思わされてしまう。

そこにあるのは土着的な信仰や差別、さらには士農工商というむりやりに
押し付けられた階級と年貢の取り立てなど、抑えに抑え込んだ民衆の思いである。
ただでさえ生き延びるだけが精いっぱいの暮らしなのに、ひとたび不作があれば
悲惨な飢饉しかない。
それでも生きなければならず、年貢をおさめなければならない。
ふつふつとたぎる思いは、いつしか力をもち爆発し、誰にもとめられなくなる。

土佐には伝説が多い。そんな土地を舞台にしたホラーなのに、怖さよりは
人間の生きる力のほうが心に残る。

熱域─ヒートゾーン─

2013-10-23 11:22:21 | 坂東眞砂子
森真沙子 著

近未来、東京の夏はますます暑くなっていた。
お台場には103階建ての通称お天気ビルの最上階3フロアを占める
ウエザーリポート社からは、刻一刻と新しい情報が発信され、
それに基づいて商品の仕入れや生産などが行われている。

そこで気象予報士として働く千原霞は、一見華やかな世界に身を置く
独身貴族に見える。しかし、彼女には問題を抱えた弟、倒れた父、
継母との関係などさまざまな背景があった。

そんな折、行方がわからなかった弟が事故死する。目撃者によれば
それは自然発火としか思えない現象だった。
霞はその謎を探ろうと、奔走する。怪しげなライブハウス、暴走族たち、
廃墟となった低層ビル。しかし何もわからないままに、関係者が次々と
変死していく。

弟がCMで関係していたドリンク「アイスシャワー」が原因なのか。
それとももっと危険な薬物が関わっているのか。

やがて、霞はもっともっと恐ろしい秘密のそばにいることに気づく。
父と台風情報のラジオ放送、気象をキーにつながる親子の思い出。
つながろうとしたのに断ち切られた弟との絆。
そこにはウエザーリポート社の社長までも関連していた。

最後の畳みかけるような話のリズムはいい。
心地よく読みすすめていける。
テーマや内容にも興味がもてるし、よく研究されている。
ただ、ちょっとご都合主義な展開になるのが残念。
すべてがつながった!という快感よりも、え、そこに落とす?という違和感。
きれいにまとめなくてもよかったのになあ、と思いはするものの
面白く読めた。

貌孕み

2013-09-24 10:28:53 | 坂東眞砂子
坂東眞砂子 著

舞台は江戸、高名な国学者でありながら、時代の流れに背を向けられ、
貧しい生活を余儀なくされている平田篤胤が主人公だ。

彼は15年前ぶりに寅吉こと嘉津間と再会する。
嘉津間は幼い頃天狗にさらわれ、仙界に長く暮らしていた。
そしてこの世に戻ってからも、仙界と行き来しているという。

彼が見聞きした様々な話を篤胤に語る、という形式だ。
それは昔の中国であったり、現代の日本であったり、南国の島であったりする。
いずれももとの舞台よりもずっとずっと未来の話だ。
語り手はあくまでも江戸時代の人間であるから、その見たままを古い言葉で
表現しているのだが、外来語や外国語、現代の通称よりもずっとその情景を
冷静に伝えているのがすごい。

そこで行われていることの愚かさも、人間の感情のはかなさも、恐ろしい程
くっきりと浮かび上がる。そして現代社会が抱える問題も、シビアに描かれる。

豊かないい時代だ、でもそこにはさまざまな落とし穴もある。
ホラーといわれるとそうかな?と思うが、怖さは十分。
こんな表現の仕方もありなんだなあ、と思わせられた。

ブギウギ

2013-03-07 10:16:15 | 坂東眞砂子
 


坂東眞砂子 著

太平洋戦争で行われた様々な負の記憶。
当然ながらそこには利害があり、駆け引きがあり、せめぎ合いがあった。

敗戦間近の箱根には数多くの外国人が留め置かれていた。
そこで起こったドイツ人の潜水艦長・ネッツバント殺人事件の調査に、
学生時代ドイツに留学したことのある法城恭輔が通訳として駆り出された。

ドイツ人が滞在する宿・大黒屋には、徴兵された夫を待ちながら働くリツという女がいた。
暗いばかりの婚家を出て陽気なドイツ兵たちと関わるうちに、リツは潜水艦乗組員の
パウルの子を身ごもる。

自殺とされたネッツバントだが、不穏な空気が漂う。
背後にはナチスの思惑が漂っていた。
やがてパウルも何者かに殺され、リツは産み落とした男の子を女将に預けて姿を消した。

新聞記者のオルガは法城を助け、謎解きをするが、二人共特高に捕らえられ拷問を受ける。
何かの圧力によって解放された法城は、疑問を抱えたまま敗戦を迎えた。

何もかもがゼロになり、何もかもが変化した時代を背景に、思いもかけない事件に
巻き込まれていく人々が描かれる。
モデルとなる事件や人物があるのだろうか、しっかりとした設定でとても面白く読ませる。

混乱の東京で、法城があっさりリツを見つけたり、鍵を握ると思われながら
行方がしれない軍医・シュルツェを探し出せたり、ちょっとご都合主義なところは否めない。
終盤のマイクロフィルム探しも、この時間内で片付けるというのはう~ん……。
それでもスピーディで面白さは抜群だ。

生命力に満ち溢れ、自分勝手ながら決して諦めないリツは、ある意味戦後を生き抜いた
女性たちの象徴なのだろう。
そして、政治と国とさまざまなものに翻弄された法城は、戦争にこそ行っていないけれど、
あの時代の男の一面を表しているのかもしれない。

いきいきとした文章、サスペンス、謎解き。
あまり坂東眞砂子っぽい感じではないのだが、そこがまたいい。