息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

プラチナデータ

2014-08-21 10:57:15 | 著者名 は行
東野圭吾 著

国民すべてのDNA情報管理をめざす画期的なシステムが誕生した。
あらかじめ登録されたDNA情報をもとに、モンタージュなど足元にも及ばない
正確な予想顔写真までも表示されるこのシステムは、犯罪を未然に防ぎ、
起こってしまった犯罪の容疑者を速やかに逮捕することができると期待された。
しかし、なぜかある犯人を調べたときのみ不可解な結果が出ることがわかり、
それは登録者不足が原因とされ、登録が奨励された。

そんなシステムを作った天才数学者とその兄が殺害される。
担当者・神楽龍平はシステムを使って犯人を突き止めようとするが、
そこに出たのは自分自身だった。

逃亡劇、二重人格、驚異のシステム……近未来をイメージしたと思われる
ストーリーはまったく飽きさせない。
携帯や機器の進化についてはうまくぼかしてあり、あまり時代を感じさせないのは
さすがの配慮というべきか。

登場人物がお互いに相手の正体をつかめず、疑心暗鬼のまま進んでいくところは
かなりハラハラさせられた。

ラストは意外にあっさり。
まあ、こんなふうに終わるのが最良な気はするが、めいっぱい走ったあとだけに
ちょっと物足りない感もある。

なかなか読みごたえはある。

有機食品Q&A

2014-08-20 17:40:14 | 著者名 か行
久保田裕子 著

Q&A形式でわかりやすく解説された有機食品のバイブルともいえる一冊。
読み進めていくと、1905年にイギリスの植物学者ハワードが提唱した
東洋の自然観にもとづく農業から始まった有機農業の歴史やあり方を
理解する助けになる。

日本に「有機JIS]の規格がさだめられたのは2000年のこと。
まだ15年にも満たない。
農薬の取締や有機農業の推進のための法律ができるまでには、
さらに6年の年月を要した。

有機農業とは、化学物質を利用せず、天然の有機物や天然由来の無機物による
肥料を用いる、自然と共存する農業をさす。しかし、それは安全な反面
時として収量減や、作業の負担増を意味する。
その手順や考え方にはさまざまなものがあるが、食の基本を見据えて農業をする
ということは同じだ。そしてそれは国際的な動きでもある。

さらに近年は遺伝子操作という大きな問題が生じてきた。

コストをカバーするのは理解ある購入者があってこそ。
生協や提携グループによる買い支えによって成り立つ仕組みもある。

実は我が家も20年以上生協のお世話になっている。
割高なのは事実で、金銭的に余裕があるとはいえない状況で、
そこまでする価値があるのかという迷いは何度もあったが、
やはりおいしさと安心感には変えられず続けてきた。
こんな仕組みができるまでの生産者はもっと苦労が多かったと聞く。

何が大切で、何のために生産者が頑張っているのか、理解するだけでも違う。
目を通すだけでも損はない価値ある一冊だ。

I'm sorry,mama

2014-08-14 10:04:22 | 著者名 か行


桐野夏生 著

不幸と毒にどっぷりと浸り、愛情からも幸せからも見放されて生まれ、育った女。
その姿から感じるのは、不快感と失望だけ。
なのにその生き様から目が離せない。
嫌なのに見てしまう、そんな女が主人公のアイ子である。

娼館で生まれ、両親が誰かもわからず、戸籍すらない。
物心ついたときから、周囲の娼婦たちに小突き回されて
生きていたアイ子。
娼館の「母さん」の死を機に、その存在が明るみに出、
福祉の手が伸びて、養護施設で育てられた。
生きるというだけのことが、並はずれて困難な状況にいた者は
早くに命を落とすか、人とは違う知恵を身に着ける。
アイ子は人を陥れたり死に追いやったりすることに罪の意識がない。
窃盗にいたっては、もっているものからもらうことの何が悪い、
という程度の認識だ。
そして人や場所への執着がないから、身軽に逃げる。
かくして犯罪を重ねても罪に問われることなく生き抜いてきた。

そのあっけらかんとした感覚は怖いを通り越して気持ちが悪い。
理解の外にあるからだ。
そんな世界を見事に描き出す著者には感服する。

アイ子も個性派だが、周囲を取り囲む脇役たちもすごい。
それぞれがまぶしいほどに自己主張をし、それでいてきちんと
役割を果たしている。
うわぁ~と思いながら読んだら最後まで読み通してしまった。
このインパクト、著者ならではだ。

ジミーと呼ばれた天皇陛下

2014-08-13 10:36:39 | 著者名 か行
工藤美代子 著

天皇陛下の教育に携わった人物のひとりとしてヴァイニング夫人という名を
何度も見たことがある。
どんないきさつで彼女が迎えられたのか、そして戦後間もない、つまり
天皇制自体が揺らいでいる時代の中、当時の皇太子殿下の教育は
どのように行われたのかがノンフィクションの名手により語られる。

何よりも面白かったのは時代背景の描写であった。
小学生という微妙な年齢で終戦を迎えた今上陛下について、
見えない未来のために何をすべきか、周辺が悩んだことは想像に難くない。
それまでは唯一無二の天皇の後継者として、親元から離されて教育されてきたのに、
民主主義の日本を見据えた新たな天皇像などを描ける人が、当時何人
いただろう。

ヴァイニング夫人の採用にあたっては、昭和天皇のご意志も大きかったという。
大切なわが子に何を与えるべきか、最も考えていたのはやはりご両親だったのだ。
「ジミー」というのは、今上陛下の英語授業の際のニックネームである。
授業中に、英語教師が呼ぶ自分の名前の発音を笑う生徒たちによって
授業が混乱するのを予防するという意味があったようだが、それに加え、
席順にそれぞれアルファベットが頭文字になる名前をつけられ、
敬称もなくそれを呼び合うという、徹底された平等を陛下が体験するという場でもあった。

ヴァイニング夫人を切り口に、天皇家の教育や戦前戦後の皇族の在り方、
さらにはお妃選びのエピソード、そして被災者への陛下の対応やお言葉まで、
さまざまに網羅した本書は、初めて得る知識も多く興味深いものだった。
そして、帰国後毎年のように婦人に送られたカードの写真は貴重であり、
陛下の念願であたたかい家庭そのものの描写がされており、胸が熱くなった。

ふたたびの虹

2014-08-12 09:53:34 | 柴田よしき
柴田よしき 著

丸の内にある小料理屋「ばんざい屋」。
季節の料理の描写だけでも魅力的だ。
女将のほっとくつろげる雰囲気に惹かれて通う人も多いし、
なかなか食べられない“ごはんとおかず”を楽しみに
している人もいる。

さまざまな職を持ち、人生を生きつつそこに集う人々。
おいしいものを食べるために来るという単純な行為は、
心を許し、素の自分をさらけ出すひとときでもある。
そんな空間で起こる小さな物語が綴られる。

クリスマスを憎むOLや常連客の殺人事件などにまつわる
これまで誰にもいえなかった秘密を女将ならではの観察眼が読み解く。
といっても、女将の推理が冴えわたる、とかいう雰囲気ではない。
あくまでも、お客への視線が小さなことに気づき、それが
事件の解決の助けになる……という感じだ。
そしてそんな心の機微を読み取る女将には、誰にも言えない
秘密があった。

女将に恋する骨董店の店主・清水を糸口に少しずつ明かされていく過去。
それは悲しいながらも美しくて、そして重い。
ゆっくりと癒えていく心の動きがよく表現されている。

さらりと読んでも、じっくり読み込んでも楽しめる。
柴田よしき、いいなあと思った一冊。