息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

うさぎ幻化行

2014-09-02 10:31:45 | 北森鴻


北森鴻 著

急逝した著者の遺作。

主人公・リツ子は、飛行機事故で死んだ義兄・最上圭一が遺した音に
心を奪われる。
それは日本全国の音の風景を録音したもので、音響技術者だった圭一らしい
遺品だった。
彼に「うさぎ」と呼ばれていたリツ子だが、この音のメッセージのあて名である
「うさぎ」はほかにいるのではないかと思い始めた。

音を追いかけて、リツ子の旅が始まる。

一章読み進めるごとに、謎が謎を呼んでさらに複雑さを増したり、
はっと解ける瞬間を感じたらまた幻のように逃げていったり。
それが積み重ねられていき、物語が紡がれていく。

その旅先の風景はとても魅力的で、ああこの国はこんなに美しかったのか、と
改めて感じさせてくれる。
そしてそのみちゆきがまた素晴らしい。列車の旅の描写は、鉄道ファンでなくても
うっとりしてしまう。

謎を探っているはずだったのに、いつしかその旅自体にどっぷりとはまり込み、
自分が何をしているのかわからなくなる、迷宮にはまり込んだような感覚。

ラストはあまり好みとは言えなかったけれど、でもやっぱり著者らしさがあって、
もっと読みたかったなあとしみじみしてしまった。

邪馬台―蓮丈那智フィールドファイルIV

2014-06-04 10:12:54 | 北森鴻
北森鴻 浅野里沙子 著

2010年1月に急逝した北森鴻の遺作。
未完成のまま残された原稿を、公私ともにパートナーであった
浅野里沙子が引き継いだ。

だから、北森鴻が好きでずっと読んでいた人にとっては
後半は微妙な違いが気になるかもしれない。
そしてこれはシリーズ初の長編である。
これまでの集大成ともいえる作品で、読み応えも構成も素晴らしい。

読んでいる途中で高円宮家の典子女王殿下と、出雲大社・千家国麿氏の
婚約内定の発表があった。
出雲の歴史と、それを今に受け継ぐ家。
天皇の血をいまに伝える家。
個人的にはとてもタイムリーで、歴史の重みへ思いをはせた。

出雲と卑弥呼、鉄と米、長い歴史をテーマにした物語は、
謎の文書の解読とともに進む。
そこには富と権力、それをめぐる争い、そして敗れたものへの恐れが
絡み合う。

製鉄民族の話というのは、民話や伝承などには必ずといっていいほどに
ついてくる。
特別な力を持ち、山野を駆け巡り、仕事ゆえに不具になりやすい人々。
突然その姿を見た者が、おそれおののいたのは想像できる。

言い伝えや神話をもとに調査をし、小さなかけらを組み合わせて
結論を導いていく過程は、時に危険に満ち、時に息づまるような
緊張を伴う。民俗学を追求し、突き進む那智は実に魅力的だ。

大好きだったこのシリーズが最後になるのは本当に悲しい。

闇色のソプラノ

2013-05-01 10:27:21 | 北森鴻
北森鴻 著

しゃぼろん しゃぼろん。
不思議な擬音が使われた詩に心をひかれ、大学生・桂城真夜子は
夭折した童話詩人・樹来たか子を卒論のテーマに選ぶ。

彼女が住むのは東京の架空の街・遠誉野。
唐突に歴史上に現れたといわれるこの地で、樹来たか子の息子・静弥は
美術教師をしているという。

たか子の詩をめぐり、次々と事件が起こり、死者が出る。
そこに秘められているのは、25年前に起こった悲劇の秘密だった。

全く関係なさそうな事件の数々が、少しずつ重なり絡み合って
全貌を表していく過程は魅力的だ。
遠誉野と山口という遠く離れた土地を舞台に選んだのも効果的で、
神秘的であり、事件の鍵としての役割を果たす。

たか子のモデルは金子みすず。
無垢で率直でそれでいて真相を見通す彼女の魅力を、うまく切り取っている。

救いのない話と言われればそれまでの結末だが、美しい言葉と美しい国を
堪能した満足感は残る。

狐罠

2013-01-03 10:45:15 | 北森鴻
北森鴻 著

“旗師”宇佐美陶子が活躍する冬狐堂シリーズ。
どうもこれが第一作であるらしい。
ほかのシリーズとのからみもあったりするので、冬狐堂の初出とかもろもろ曖昧。
すみません。もうちょっと調べてみます。

陶子は、同業者の橘薫堂から贋作の「唐様切子紺碧碗」を掴まされる。
自らの目だけをたよりに仕事をする旗師としてこれは屈辱。
そしてこれからの商売にも影響する。
同じやり方で目利き返しを計画する陶子。
しかし準備のさなかに殺人事件が起きる。

陶子の周囲のプロ達がすごい。
もと夫であるプロフェッサーDを筆頭にカメラマンの硝子、保険会社の美術監査部調査員。
真贋を見極める目は長い時間をかけてつくられていくだけに、
多くの人により鍛えられ、磨かれていくのだろう。

おそらく一生縁がない世界と思うが、そんな私にもわかりやすく引き込まれる。
美意識とは素晴らしい宝物。しかし維持するだけでも大変な努力が必要なのだ。

孔雀狂想曲

2012-09-30 10:03:08 | 北森鴻
北森鴻 著

骨董屋が舞台の連作短編集。
しかし、宇佐見陶子が活躍する「冬狐堂シリーズ」とは異なり、
庶民的でほのぼの、そこらへんにある街の古道具屋という感じだ。

扱う品物もピリピリと研ぎ澄まされた芸術品ではなく、手にとって
ぬくもりを感じられるようなものが多い。
九谷焼、人形、ガラス細工、ジッポーにポスター。
雑多なジャンルものたちが集まった店は「雅蘭堂」の名のとおり
暇そのもの。

店主・越名の人柄も魅力的。万引きを気に押しかけバイトになった
女子高生・安積の気持ちもわかる。
そして日頃はのほほんとして見える彼の仕事へのプライドが、
事件がおきたときに現れるのだ。

兄に対する悪質な罠へ立ち向かう越名。
贋作への姿勢。
預かり物を破損した時の責任感。

どれも仕事への誇りと姿勢がよくわかる。

楽しい物語だが、取材に基づく膨大な知識がすごい。
なんだか賢くなれた気がする。