息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

影をなくした男

2013-09-30 10:11:22 | 著者名 さ行
本が好きで毎日読むから、頭の整理も兼ねて始めたこのブログ。
毎日更新することにしてはや3年が過ぎました。
あやふやだったタイトルとか、ごちゃごちゃになっていたストーリーとかの
棚卸や再読の機会になり、とても楽しかったのだけれど、そろそろもっと
じっくり本と向き合いたい欲が出てきました。

なので、毎日更新は本日までとします。
これからはじっくり時間をかけて読んだり、頭の中で熟成したりして
書きたいことがある日のみアップということにします。
まあ、見ている人なんかいない気もするが、一応。

そして連勤最後はこの作品。
シャミッソー 著
これは友人の子ども達にせがまれて作った話が膨らんで生まれたらしい。
確かに夢があり、不思議な魅力がある。なんと100年も前に書かれているのにだ。

貧しいペーター・シュレミールが職を紹介してもらおうと訪ねた家では
おりしもパーティが開かれていた。
彼はそこで誰にも見えない、そしてマントからなんでも取り出せる
不思議な男と出会う。
マントの男は尽きない金が出てくる「幸運の金袋」と引換えに、ペーターの
影を欲しがった。承知するとくるくると影をまるめて持ち去ってしまう。

確かにペーターは暮らしに困らなくなった。その一方で影がないことを
気にし、月にすら怯える日々を送ることになった。
せっかくできた恋人にも影がないことがバレて去られてしまう。
なんとか影をとりもどそうと、マントの男を探すペーター。

ようやく再会した男は影を返すから、死後の魂をくれるよう要求した。
ペーターは男が悪魔であることを知り、それを拒絶する。
「幸運の金袋」も手放し、また貧しさのどん底に落ちるペーター。
いよいよ靴すらだめになり、なけなしの金で買った靴はなんと「七里靴」という
一歩で七里を走る魔法の靴だった。ペーターはこの靴を使って世界を
飛び回り、自然研究家となった。

ってよくわからないハッピーエンドは子ども向けだったから?
それにして影をやりとりするという発想自体はどこかで見た気もするが、
いざ渡すとき、影がくるくるっと丸められて持ち去られるなんて、
ほんとにありそうで面白い。この秀逸な場面、まるで実際に見たことが
あるような気がする。

影なんてなくても困らないような気もするのだが、真夏の昼下がりに
足元にくっきり落ちる影、秋の夕暮れどきに長く伸びる影、そして満月の夜、
意外なほどにはっきりと浮かび上がる影、などなど、影の記憶は多い。
どんなときに、自分が影をもたないことに怯えるだろう、と思うと
それはあまりにも多く、生きた心地がしなさそうだ。

フリークス

2013-09-29 10:05:52 | 著者名 あ行
綾辻行人 著

3篇による「連作推理集」。いずれも精神に異常をきたした患者の視点で
語られるため、読みすすめていくうちに誰が正常で、何が普通なのか
立ち位置が混乱していく。

よくある手法かもしれないが、これがうまいんだよねえ。
私にとって著者の作品の魅力のひとつに、この“自分が揺らぐ”っていうのが
あるのだが、なんていうのか、気持ちが揺らぎすぎて体も揺らぐみたいな
揺らぎっぷり。
すっかり著者の世界観に引きずり込まれて、心細くなってしまう。
ここから帰れるのだろうか、と。

表題作は特に好き。
タブーぎりぎりのテーマを使うことが多い気がする著者だが、
ただのフリークス(畸形)ではなく、「一つ目=サイクロプス」
「鱗男=スケイル・フェイス」「傴僂=ハンプバック」
「三本腕=スリー・アームド」「芋虫=キャタピラー」という
J・Mという名の人物によってつくりあげられたフリークスを登場させる。

父であるJ・Mを惨殺したのは誰なのか。
これまで独自の閉鎖社会にいた5人は混乱をきたし、精神病院の特別病棟へ
収監される。

意外な結末を迎えるが、そこまでの筋立てはお見事。
しかし、よく考えるなあ、と思う。
想像力もさることながら、裏付けとなる医学知識や社会情勢などにも
手を抜かないで構成しているからこそのリアリティ。
堪能した。

断崖、その冬の

2013-09-28 10:24:30 | 著者名 は行
林真理子 著

若さや美がひとつの売りになる仕事をしていると、必ず限界がくる。
それも意外なほどに早く。
そんな働く女性のつまずきを残酷なほど鋭く切り取る。

北陸のテレビ局で看板アナウンサーと呼ばれた西田枝美子。
夢中で働き遊び、輝いていた日々。
ある日ラジオへの転属の打診、という形で、34歳という年齢を突きつけられる。

34歳ってたとえば営業職とか、カメラマンとかだったら、ようやく思う仕事を得て、
部下を育て始めるっていうところだろうか。
現代だったら、結婚に対してようやく現実味が出てきたなんていう人も少なくないだろう。
フジテレビでは1969年まで女子社員は25歳定年なんていうこともあったらしいし、
可愛くて元気に動けて給料が安いってなると、そっちがいいですっていう
価値観は根付いているのだろう。

そんなとき現れた六歳年下のプロ野球選手・志村の存在は枝美子の希望となった。
ひとりの職業人として頑張ってきたはずなのに、男の存在にころりと
依存してしまう枝美子。それははがゆさとともに共感をもたらす。
なにもかもそこで解決できるはずはない、わかっていても自分が置かれた
苦しい場所から救い出してくれる何かを探してしまう。無意識のうちに。

結果としてその恋は裏切りで終わる。
北陸の冬の海の厳しい光景と枝美子の立ち位置が重なって切なく苦しい。
少しずつ高まる女性の気持ちと、燃え上がりさめていく男性の心。
ずっとすれ違っているのに気づかない枝美子。
怖くて苦しい結末だし、自分は決して選ばないけれど、わからないかと
問われればわかると答えてしまう。
しかし、こんなに心を奪われる恋ってもう二度とできないのだろうと
思うとちょっとさびしくもある。

ジキル博士とハイド氏の奇妙な物語

2013-09-27 10:17:01 | 著者名 さ行
ロバート・ルイス・スティーヴンソン 著

ちょっとした会話とか文章とか、身近に引き合いに出される
「ジキルとハイド」なのだが、実際に読んだ人って意外と少ない。

二重人格を題材にした有名な作品であるが、ロンドンの
弁護士・アターソンが親戚のエンフィールドから聞いた話として語られる。

悪意に満ち不快感を感じる人物ハイドを見たエンフィールド。
ハイドがした失礼な振る舞いに対するお詫びの小切手の名前は
アターソンが関わっている相続問題の当事者・ジキル博士だった。

アターソンはハイドがジキルの財産を狙っているのではないかと疑う。
しばらくのち、今度はハイドが老人を撲殺した疑いがかけられる。
警察に呼ばれたアターソンは、その凶器が自分がジキルに贈ったステッキで
あることに気づいた。
そして二人の筆跡が酷似していることがわかる。
やがてハイドはジキルの書斎で死体となって発見され、ジキルは行方不明となった。

すべてはジキルの手記が物語った。
体格も性格もすべて似たところがないジキルとハイド。
これは同一人物の薬による変身だった。
やがて恐ろしいことに、薬がなくても無意識のうちにジキルはハイドになる。
そして薬がなければジキルには戻れなくなり、その薬の原料が入手できない。
いずれ自分はハイドとして生きるしかなくなる。この文章が終わったとき、
ジキルの人生も終わる──と結ばれた手記。

ジキルの中に潜むハイド。誰の心にもある闇が集約されたものだとしたら、
人間にはなんて恐ろしいものが閉じ込められているのだろうか。
表に出る顔が素晴らしいほどに、反動で闇も増幅しているのではないか。
そう思うと、何が信じられるのか、自分すら怪しくなる。

ふとんかいすいよく

2013-09-26 10:59:38 | 著者名 や行
山下明生 著

うわあ、見つけてしまった。
古い本が読み返したくていろいろ探していると、数珠つなぎに
発見してしまうことがある。
これはもう少し早く夏休みに見つけたかった痛恨の一冊。

中耳炎で泳げない息子のために、とうちゃんは考えた。
ふとんのうみで海水浴!

まず中耳炎でプールに入れないとか、子どもの悲劇リアルすぎである。
そして一面のふとんで泳いでみるっていうのも、きっと一度は
考えたことがあるはず。そしてバタバタやって叱られたことも。

それを父が精一杯盛り上げて、リアルな海を感じさせる。
一生懸命な父と、うれしくてたまらない息子の会話が本当に楽しい。

私が幼い頃、まだ蚊帳が残っていた。もうたまにしか使っていなかったが、
部屋の四隅に金属の環が吊るしてあり、蚊帳を吊ると、まるで四角い
海が誕生したようでワクワクしたことを覚えている。
それを鮮やかに思い出した。