本作は吉村昭著「遠い幻影」文春文庫 2000年に収録されている短編の一つ。
陸の孤島と言われた岩手県のある村は医師不在だった。村長の悩みはの一つは村営診療所の運営で多方面に医師を募集していた。
それが千葉の癌センターに勤務する堂前医師の目に留まり、村に電話が入る。もし、募集内容が本当であれば考えてみたいとのことだった。堂前は、癌センターで枢要な地位にある医師であった。家族内の調整も済み、村の診療所に夫人と二人の子供と共に赴任してきた。
診療所での堂前医師の評判は上々で、村人に慕われた。子供は転校先でも、学業成績は優秀だった。一方、夫人は野草を摘むのが趣味で、それは素人の域を越えた専門知識を持つほどであった。気さくな人柄ゆえ、村の女性たちに溶け込み連日のように一緒に山に入った。
夫人は村での暮らしを楽しみ、それはしばらく続いた。そして定期検査を兼ね実家に帰った折、村人に梅の苗木を贈った。その一つは、村長へ。
だが、夫人は既に白血病に侵されていた。余命の長くないことを知る堂前は、妻が命を燃やす最良の環境としてこの村を選び、一家で来たのだ。
そして、2年後のある日、出張で東京にいた村長に、「千葉で療養中の堂前夫人がお亡くなりになった」との訃報が入った。村長は村人代表として夫人の実家のある湘南の町で営まれた葬儀にかけつけた。既に読経が始まり。飾られた夫人の写真はふくよかで、笑みを浮かべていた。
村長は挨拶と焼香を済ませ、一旦家の前の道に出たが、その時、数台のバスが近づいて来た。
見ると全て岩手ナンバーで、そこから喪服を着た大勢の人が降りてきた。それは、何と200人を越える見慣れた村人たちであった。よぼよぼのおばあさんまで家族に付き添われて来ていた。夫人の訃報を知った人々がバスを手配し、夜を徹して千葉までやって来たのだ。
夥しい数の人に葬儀社の人は呆気にとられていた。
村長は促され祭壇に向い、弔辞を読み始めた。「梅の蕾が・・・」だが、絶句し言葉が続かない。立ち尽くすのみであった。後ろからは大勢の参列者のむせび泣く声が聞こえてきた。
やがて、寒気も緩み三陸海岸に再び春が訪れようとしていた。
村長は、再びまた無医村となることを覚悟していたが、再度訪れた堂前医師は、「子供は妻の実家で預かってもらうことになりました」、「単身赴任ですよ。大勢の村の人が遠くから来て下さって、診療所に戻らぬわけにはいかないでしょう」。
二人の目に、光るものが溢れた。
「先生。今私の家の庭に、奥様から頂いた梅の花が満開です」。
堂前は、にこりと微笑んだ。
陸の孤島と言われた岩手県のある村は医師不在だった。村長の悩みはの一つは村営診療所の運営で多方面に医師を募集していた。
それが千葉の癌センターに勤務する堂前医師の目に留まり、村に電話が入る。もし、募集内容が本当であれば考えてみたいとのことだった。堂前は、癌センターで枢要な地位にある医師であった。家族内の調整も済み、村の診療所に夫人と二人の子供と共に赴任してきた。
診療所での堂前医師の評判は上々で、村人に慕われた。子供は転校先でも、学業成績は優秀だった。一方、夫人は野草を摘むのが趣味で、それは素人の域を越えた専門知識を持つほどであった。気さくな人柄ゆえ、村の女性たちに溶け込み連日のように一緒に山に入った。
夫人は村での暮らしを楽しみ、それはしばらく続いた。そして定期検査を兼ね実家に帰った折、村人に梅の苗木を贈った。その一つは、村長へ。
だが、夫人は既に白血病に侵されていた。余命の長くないことを知る堂前は、妻が命を燃やす最良の環境としてこの村を選び、一家で来たのだ。
そして、2年後のある日、出張で東京にいた村長に、「千葉で療養中の堂前夫人がお亡くなりになった」との訃報が入った。村長は村人代表として夫人の実家のある湘南の町で営まれた葬儀にかけつけた。既に読経が始まり。飾られた夫人の写真はふくよかで、笑みを浮かべていた。
村長は挨拶と焼香を済ませ、一旦家の前の道に出たが、その時、数台のバスが近づいて来た。
見ると全て岩手ナンバーで、そこから喪服を着た大勢の人が降りてきた。それは、何と200人を越える見慣れた村人たちであった。よぼよぼのおばあさんまで家族に付き添われて来ていた。夫人の訃報を知った人々がバスを手配し、夜を徹して千葉までやって来たのだ。
夥しい数の人に葬儀社の人は呆気にとられていた。
村長は促され祭壇に向い、弔辞を読み始めた。「梅の蕾が・・・」だが、絶句し言葉が続かない。立ち尽くすのみであった。後ろからは大勢の参列者のむせび泣く声が聞こえてきた。
やがて、寒気も緩み三陸海岸に再び春が訪れようとしていた。
村長は、再びまた無医村となることを覚悟していたが、再度訪れた堂前医師は、「子供は妻の実家で預かってもらうことになりました」、「単身赴任ですよ。大勢の村の人が遠くから来て下さって、診療所に戻らぬわけにはいかないでしょう」。
二人の目に、光るものが溢れた。
「先生。今私の家の庭に、奥様から頂いた梅の花が満開です」。
堂前は、にこりと微笑んだ。