福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。



NHK会長就任記者会見(2)「会長として」、「個人」としての区別は疑問

2014年02月16日 18時10分52秒 | 時事問題 社会問題
 私は役職がある場合にどんな発言であっても、その人の発言が外に向かってなされた場合は、役職を背景にした発言と見なすしかないと思う。あるいはそうとられても仕方がないと思う。

 例外は、外に出ることはないだろう家庭内での会話程度だろう。メディアの求めで家庭生活やペットとの交流などを紹介した場合においてさえも、役職者であることから離れられないと思う。何となれば、役職や肩書きのない当たり前の立場のヒトにはトピック的に取り上げる価値はないからである。

 NHK会長の今回の発言は「個人的」と断った、と言うが、会長としての発言と言わざるを得ない。だから籾井NHK会長の責任は逃れられない。

 一方、NHK会長と言えども私人であって公人ではないから、その発言の重大性と言う点ではそれほど大きくはないと思われる。メディアは「いい鴨がネギを背負って来てくれた」的発想で騒ぎ過ぎでないだろうか。大体渋る会長にしつこく見解を述べてくれ、と迫ったのはメディアの方でないのか。

 靖国参拝のときに方便として用いられるのは公人、私人の区別である。公人は一般用語であるが、法的には公務員や議員などのように、任命されて政治や国家に携わる様な職に就いている人間を指す。国会議員は特別職国家公務員、地方自治体の政治家は特別職地方公務員である。その人が、職務に就いている限り、公人であることからは逃れられない。

 靖国の記帳の際に公職の職名を明記すると公人、そうでない場合は私人扱いされるというが、そんな訳の分からないことで区別は出来ないだろう。どこに行っても、何をしても公人として扱われることはやむを得ない。にもかかわらず下っ端の公人の参拝は問題にならないのに閣僚クラスなら問題、と言うのが矛盾している。
 
 首相や閣僚の「靖国神社の参拝」という行為は、公人としての参拝以外の何者でもない。小泉元首相は玉串料をポケットから出し”私的な賽銭”であるという演出をしたが、公人がポケットマネーを出したと言うだけ。
 この問題は何かチマチマして情けなくなる。

コメント
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