福田の雑記帖

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いわゆる「医療否定」の考え方(4) 「医療否定」本はなぜ売れる??(1)医療側にも問題

2014年02月05日 13時34分43秒 | 医療、医学
 大手出版取次の日販が昨年暮れに発表したデータによると、近藤誠氏の「医者に殺されない47の心得」と題する本が売り上げの総合2位に入った。近年「医療否定本」と言っていい類似の本も増えてきた。

 比較的近刊の何冊かをピックアップしてみれば、近藤氏の何冊かの本の他に、 ■「大学病院のウラは墓場―医学部が患者を殺す」、 ■「「スーパー名医」が医療を壊す」、 ■「絶対に、医者に殺されない47の心得」、 ■「医療幻想: 「思い込み」が患者を殺す」などなどである。逆の立場から書かれた本もある。■「「医療否定本」に殺されないための48の真実」、 ■「「医療否定」は患者にとって幸せか」、などなどである。

 上記の本を私は2.3持っているが殆ど読んでいない。ちょっと読む気にすらならない。何からこの本の存在を知ったかというと新聞広告、新聞雑誌の書評などのスクラップデータから引き出し、確認したものである。これらの本にも良いことが、参考にすべき記述があるはずである。だから、挙げるのにちょっと力が出ない面もある。

 それはさておきこのような「医療否定本」、その「関連の書籍」が何で売れるのか、を考えてみた。

 医学の発展はとどまることを知らない。医療も同様で日進月歩である。その歴史、日本の文化的背景、患者の知識向上と権利意欲の向上が向上した。1999年の横浜市立医大の患者取り違え事件を嚆矢とする重大な医療事故が頻発した時代をへて、医療は安全性を含めて一層の発展を遂げた。

 医療の高度化は診療の現場に客観性のあるデータの積み重ねを要求する様になった。触診や聴診は軽視され、大型の医療器械による頻回の検査、血液尿とかのデータが集められ、大切な医師と患者の対話すらコンピューターを介して行われるようになってきた。さらに、何にも異常データが見られない患者は、たとえ具合が悪くても「異常ありません」と切って捨てられ、診察医は患者に対してでなくコンピューターの画面に向かって「お大事に・・・」とちょっと頭を下げ、伝票を渡され会計に向かうよう指示される。「異常ありません」と「お大事に・・・」は相容れない言葉である。何をどう「大事にすれば良いのか?」口を挟む間もない。

 このことは患者に、家族にとってみれば医療の姿が見えなくなってきたということである。すなわち、これほどの検査は「何のために」、「誰のために」なされているのかという疑問である。この疑問は医療不信、医師不信に結びついていく。患者にとって「一体何なんだこれは・・」の疑問は「医療否定本」で溜飲を下げることにも繋がっていく。

 さらに重大なのは高齢化社会の到来である。これほどまで寿命が伸びでくると死ぬ心配よりも、生きることの心配の方が相対的に増えてきている。このことも「医療否定本」に関連している、と私は思う。
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