わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代陶芸165(古谷道生)

2012-08-14 21:08:03 | 現代陶芸と工芸家達

昭和20年代の信楽では、火鉢や汽車土瓶(お茶用)を作っていましたが、次第に石油ストーブや

電化製品、プラスチック等の工業製品に取って替わる様になり、信楽焼きも衰退して行きます。

今の信楽の繁栄からは想像も出来ませんが、古谷氏の幼少期はそんな状態であったと

言われています。その様な信楽にあって、新しい信楽焼きを目指します。

1) 古谷道生(ふるたに みちお): 1946年(昭和21年) ~ 2000年(平成2年) 享年54歳

  ① 経歴

    1946年 滋賀県信楽町神山に、半農半陶(素地屋)の家に生まれる。

    1964年 滋賀県立甲南高校窯業を科卒し、京都府陶工訓練校に入所します。

     その後、内田邦夫クラフト研究所において4年間研修を重ねます。

    1968年 日本一周陶業地研修(轆轤の賃挽きのアルバイト)の旅を1年9ヶ月掛けて行います。

    1970年 独自の窖窯(あながま)を信楽町神山に築窯し、独立します。

    1971年 中国国際陶芸展に入選し、日本陶芸展(毎日新聞社主催)にも入選します。

     同年 初の個展を札幌丸善画廊で開催します。札幌は日本一周陶業地研修の場でもあった

     様で、毎年の様に個展を開いています。

     それ以後も、各地で個展を開催し、個展を中心に活躍します。

    1982年 「信楽陶芸展」で最優秀賞を受賞します。

    1985年 「西武工芸展」で大賞を受賞しています。

    1996年 日本工芸会近畿賞を受賞し、 京都府教育委員会奨励賞受賞、

     同年 滋賀県文化奨励賞を受賞します。

    1999年 東京池袋東武デパートで、25回目の個展を開催しています。

  ② 古谷道生氏の陶芸

   ) 窖窯作りの名人。信楽と伊賀に4基の窖窯を持ち、生涯30基以上の窖窯を築いたと

      言われています。そして窯の改造は無数にあるとの事です。

    a) 日本一周陶業地研修から帰ると、滋賀と三重の県境にある「五位の木」の古窯の調査と

       陶片(破片)を蒐集し、それを参考に1970年に地元信楽町神山に窖窯を築きます。

    b) 土探し。古窯から蒐集した陶片と同様の土を求めて、各地の土を焼いて試す作業を続け

       ます。その結果、紫香楽宮跡地の西方で、真白に焼ける黄瀬戸を見つけます。

    c) 「窯に問題が無くても、目指す作品が焼き上がらない時は、土を変えます。それでも駄目な

      場合は、焚き方を変えます。」と述べています。

   ) 古谷氏は、主に信楽焼きと伊賀焼きを手掛けています。

     信楽と伊賀は滋賀と三重の県境で接する場所にありますが、土は蛙目と木節粘土による

     同じ様な素材です。しかしその表情には差があります。

    a) 信楽焼きは、鮮やかな緋色と焦げの壷類(蹲、偏壷など)が多く、伊賀焼きでは、ビードロが

      厚く流れた花瓶類が多い様です。

    b) 緋色を出す為に、粗目に調節した蛙目粘土を使い、場合によっては、黄瀬土を混入させ

      緋色を安定させるとの事です。但し、耐火度は少々高くなります。

    c) 壷や花入れ等は、ほとんど紐造りで土を積み上げ、その後轆轤成形の方法を取っています。

      この方法は、古窯の陶片を見て彼独自の方法で、窖窯用の造り方を見出したとの事です。

    d) 作品は無釉の焼き締めで、窖窯で焼成します。登窯では良い作品は出来ない様です。

    e) 引き出しビードロ。 彼は自然釉の流れを調整する為に、高温の窯の中から引き出し

      自然釉の流れを確認し、不足の場合には再度窯の中に投入しています。

      これは自然釉の流れ過ぎを防ぎ、流れる方向や数を調整しています。

      更に、急冷と強還元を掛ける事により、冴えた色に発色するそうです。

   ) 古谷氏の作品

     信楽大壷: 高 44 X 口径 20 X 胴径 50 cm

     信楽蹲壷: 高 19.5 X 口径 11 X 胴径 18.5 cm

     信楽偏壷: 高 25.5 X 横205.5X 奥行  6.5 cm

     伊賀三角花入: 高 25X 径 13  cm

     伊賀砧花入: 高 25.5 X 口径 6.5 X 胴径 12 cm

     伊賀耳付花入: 高 25.5X 口径 12 cm などの作品があります。

尚、息子さんの和也氏も、父の跡を継いで作陶に励んでいるとの事です。
 
次回(熊野 九郎右ヱ門)に続きます。
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