まつたけ秘帖

徒然なるままmy daily & cinema,TV drama,カープ日記

妖精、愛人になる

2021-09-22 | イギリス、アイルランド映画
 「カルテット」
 20年代のパリ。夫のステファンが盗品売買で投獄され、路頭に迷いそうになったマイヤは、裕福なイギリス人ハイドラー夫妻に救いの手を差し伸べられる。ハイドラーには美しいマイヤに対して下心があり、妻のロイスはそれを黙認していたが…
 今も昔も素晴らしい女優はあまたいますが、私にとって不動の世界最高女優はイザベル・アジャーニです。その清冽な美貌と神がかり的な演技は、魅力というよりもはや魔力です。他の女優には絶対に演じられないヒロインを演じてきたイザベルですが、中でも80年代の彼女はまさに女優として神ってる(死語)最盛期で、代表作のほとんどはこの頃。最狂映画、最狂ヒロインとして伝説となった「ポゼッション」と合わせてカンヌ映画祭の女優賞を受賞したこのジェームズ・アイヴォリー監督作のイザベルは、全出演作品中屈指の美しさと言っても過言ではありません。当時25、6歳、まさに匂いたつような美しさ。すごい美人、すごい美女って、映画界では珍しくもなく結構ありきたりな人たち。スクリーンの向こうの美しさを見狎れた目でさえ、イザベルの美しさは今なお鮮烈。間違えてこの世に迷い込んでしまった異郷の妖精…この映画のイザベルは、まさにそんな美しさと風情なのです。

 肌が美しい女優はたくさんいますが、イザベル・アジャーニほどきめ細かく透き通るような肌をもつ女優、私は知りません。若さでピチピチ!輝いている!水も弾く!という類の美肌ではないんですよね~。すごいデリケートというかフラジールというか、触れたら破れそうな和紙のような繊細さ。ほのかな蝋燭の火を思わせるはかなさ。淡雪のような白い肌が激情でみるみると紅潮する、その美しさときたら!黒髪と青い瞳のエキゾティックさ、愛らしくも蠱惑的な唇も異邦人的で、他の女優にはない彼女の魅力です。

 少女のように可憐であどけなく、ふわふわと頼りなくはかなげな、思わず手折ってしまいたくなる花のよう。でも、触れると傷ついてしまう小さな棘と毒を秘めている。そんなヒロインも、イザベル・アジャーニにしか演じられません。最近の女優はみんな地に足がついてるというか、現実的で賢くて強いじゃないですか。幻想の中で彷徨う妖精のようなヒロインが似合う女優はもう絶滅してるし、演じたいと思う女優もいないでしょう。

 愛する夫が投獄されてる間に、年の離れた既婚の金持ち男の愛人になるマイヤは、常識的な人たちからすると不埒で不道徳な女。誰かの庇護なしでは生きられない、プライドも自立心もない弱い女。夫と愛人どちらを愛してるのかはっきりせず、どちらにも愛してると言いながら童女のように甘えたり鬼女と化してヒステリックに憎悪をぶつけ罵倒する、その曖昧さと不可解さにも善き女性たちは眉をひそめてしまうかもしれません。でも、イザベル・アジャーニがとても自分たちと同じ人間の女とは思えず、マイヤの言動は囚われた妖精の美しく悲しいもがき、抵抗に見えて哀れみを覚えてしまう。愚かさや狂気でさえ美しく魅惑的になる。それこそイザベル・アジャーニの魔力です。誰からも好かれる理解されるヒロインなんて、つまんない!謎と神秘と狂気を秘めたヒロイン、そしてそれを美しく演じられる女優が好き。そんな女優、イザベル・アジャーニ以外思いつかないのだけど。

 20年代アールデコのパリが、まさに異郷の雰囲気なアンニュイさと退廃で、妖精アジャーニが愛に彷徨う舞台にぴったり。アジャーニのファッションも目に楽しかったです。歌って踊るシーンもちょっとヘタなのが可愛かった。フランス語なまりの英語も可愛く聞こえた。まさに柔肌!なヌードも美しかった。イザベル・アジャーニといえばのドン引きするほどの発狂演技はないのですが、焦点が定まってない瞳や激情ほとばしる絶叫など、じゅうぶん狂ってました。石畳の路地、カフェやキャバレー、ジャズetc.当時のムーディなパリの再現も見所です。

 偽善と欺瞞に満ちた大人の関係は、清く正しくないからこそ深くて面白い。ハイドラー夫妻役は、イギリスの名優アラン・ベイツとマギー・スミス。ハイドラー氏、一見立派な紳士だけど実は卑劣で残酷で破廉恥なゲス男!奥さんにも愛人にも支配的で、二人を翻弄し傷つける自分勝手な言動にムカつきました。見た目は威風堂々だけど中身はズルいセコい、というイギリスの上流社会の男性らしい複雑な裏表を、故アラン・ベイツはよく出してました。ハイドラーの妻ロイスは、この映画のもうひとりのヒロイン。まだおばあさんになってない熟女時代のマギー・スミスが、クールかつ哀愁ある好演。夫とのディープキスシーンとかあったり、今では絶対見られない“おんな”なマギーおばさまです。

 夫をつなぎとめておきたいがためにマイヤを利用する妻のダークサイドも、かなりいやらしいし怖いけど、失った愛にしがみつく姿は痛ましくて哀れでもあります。イギリス人らしく、冷ややかに毅然とロイスを演じてるマギーおばさまがカッコよかったです。マギー・スミスとイザベル・アジャーニ、英仏の超大物女優のツーショットはかなりレアで貴重。マイヤの夫ステファン役のアンソニー・ヒギンズは、地味だけどなかなかのイケメンでした。ホテルの女将役で、アジャーニとは「殺意の夏」でも共演してた名女優シュザンヌ・フロンも顔を見せてます。ハイドラー夫妻ら裕福なイギリス人たちの、パリでの暮らしぶりが優雅でした。

 アメリカ人なのにイギリスのハイソサエティを美しく格調高く描けるジェームズ・アイヴォリー監督は、ほんと稀有な才人!カメラが回ってない時のイザベル・アジャーニのわがままな不思議ちゃんぶりに辟易しながらも、本番では天才ぶりを発揮する彼女に感嘆するばかりだった、と何かの雑誌のインタビューでのアイヴォリー監督の撮影話が興味深かったです。「君の名前で僕を呼んで」で最高齢でオスカーを受賞したアイヴォリー監督、もう新作はさすがに無理でしょうか。訃報じゃなくて新作ニュースを聞きたいですね。
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