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”Kawaipunahele” by Keali`i Reichel
ケアリイ・レイシェル。ハワイのコンテンポラリー・ポップスを代表する人気歌手、というのが、彼への一般的評価であろう。
我々日本人としては、あの「涙そうそう」にハワイ語の歌詞をつけ、メロディにもポリネシアの伝承歌の旋律を忍び込ませた、あの歌の”レイシェル・ヴァージョン”を発表、ハワイでヒットさせた人物、という理解の方が親しみ易いかもしれない。
「涙そうそう」を作曲した”ビギン”のメンバーがハワイのレイシェルの自宅を訪ね、歌を披露しあう趣旨のドキュメンタリーをテレビで見た記憶がある。”現地の大物”を目の前にしたビギンの連中が、妙に緊張しているのがはっきり分かり、なんだかおかしかった。
まあ私としては、あのようなポジションにある歌に目ざとく注目し、自らの持ち歌としてしまうのがいかにもレイシェル、なんて底意地の悪い想いを弄びつつ、日本とハワイの二組のミュージシャンの交歓風景を見ていたのだが。
いや、本当にいやがらせ的視線を送ってしまっているのだが、それほど素直にレイシェルの活動を受け入れられないのだ、私は。
ケアリイ・レイシェルはまだ10代のうちにハワイの伝統的な詠唱、いわゆる”チャント”を独学で学んだりフラ団体を発足させたり、その一方でハワイ大学でハワイ語を研究し、ハワイ語復活のプログラムに関わったりもしてきた。つまり、相当に意識的にハワイの文化のありようと向き合いつつ、ミュージシャンとしてのキャリアを積んできたといえるだろう。
そのあたりが、レイシェルという歌手の強みでもあり、また弱みでもあろうと、私はこの頃、考え始めているのだが。
上に添付したのが1995年に発表され、ハワイにおいて驚異的大ヒットを記録した、レイシェルのデビュー・アルバムのジャケなのだが、異郷に住む我々には奇矯と写る姿である。六尺褌としか見えない下穿きのみを身に付けた半裸で、背中まで伸ばした髪を風になびかせ、なにやら宗教儀式を思わせるポーズをとっている。
ハワイ文化の伝統にこそ連ならん、との彼の心意気がここに表明されているのですなあ。そして普通にステージにも、その姿で臨むようだ。
そのあたりがハワイ文化にこだわる男、レイシェルの面目躍如と言ったところなのでしょう。
普通、インテリの歌手はこんな格好はしませんてば。しても、まあ、さまにはならない。とりあえずやってる音楽が安く見えかねないからやめた方がいいんじゃないかと私は思うんだが。まあ、ヨソモノの推測以上の話はしていないのだが。
その彼の音楽世界なのだが、70年代アメリカ西海岸のフォーク志向のシンガー・ソングライターたちが”売り”にしていた心優しきアコースティック・サウンドとハワイ伝統のフラ音楽の混交した、なかなかに繊細な響きを持っている。そのサウンドでビートルズなどのハワイ風のカヴァーなどやられると、「待ってました」と拍手を送りたくなるような心地良さなのだが、ただ、上に述べた褌姿でそれを歌われてもね。
と、こんな文章でニュアンスが伝わるかどうか自信がないのだが、なんだかどこか、レイシェルって人は頭先行で音楽活動を行なっているゆえの無理、みたいなものが感じられて仕方ないのだ、私には。
レイシェルのご自慢の”チャント”にしても、なんかとって付けたようでねえ。普通にハワイアン・フォーク(?)を歌ってくれていればそれで十分、心地良いのに、ハワイの伝統だからって、無理やり妙な呪文を挟み込まれても。
レイシェルって、つまりは70年代のアメリカ西海岸風のシンガーソングライター、というのが本来の資質なのではないか。
でも彼の場合、その上に、”ハワイの伝統を受け継ぐワンランク上の意識の高い芸術家たる自分は、こうあるべきである”なんてタテマエがそびえ立ってる。それが音楽全体をゆがめている。
そんなものをそびえ立たせてしまったのがつまり、先に言った”ハワイ文化研究家”でもある歌手、たるレイシェルの抱える問題点じゃないか。”天然”でいられない中途半端に知性派のミュージシャンだけが抱えるタイプの。
私は「あんなこと、やらなけりゃいいのになあ」と思っている。褌姿の”チャント”やらで神秘めかすのは。なんか安易な神秘主義にハワイの音楽を封じ込めてしまう結果になりそうな気がしてならないのだ。それよりなにより、音楽の佇まいがヘルスセンターなどの余興っぽく見えてくる。
いやまあ、やっぱりこれもヨソモノの余計な一言なんですよ、基本的には。答えは、ハワイの人々が出すべきなのであって。
・・・一貫して嫌味な書き方をしているなあ。レイシェルって、それほど嫌いな歌手じゃなかった筈なんだが、いざ文章にしてみたらこんなことになってしまった。
でもって、このように自らの音楽をもって伝統文化にこそ連ならんと志した若者に、当たり前のように”歪み”を背負わせてしまうハワイの近代史の裏面、という風に話は続くのであるが、書ききる自信はないので、すみません、今回のところは中途半端にフェイドアウトさせてください。(腰砕けだね、しかし)