ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

”終わり”の向こうのラブレター

2011-03-27 02:26:46 | ジャズ喫茶マリーナ

 ”Love Letters”by Julie London

 世界はまっしぐらに破滅に向って崩れ落ちて行くようで、しかも自分はそれをどうすることも。どころではない、「せめて自分だけは最悪の不幸を免れることができますように」などとちっぽけな祈りを、信じていもしない神に祈ることぐらいしか方策も思いいけない無力な一人であることを噛み締めるしかない時。

 そんな気分の時、妙にその心象と、ストリングスなんかが入ったゴージャスな造りの、昔々のバラードなんかが合うのに気が付いたのは、あれももう20年近く昔のことになるのか、かの「湾岸戦争」が地上戦に突入したニュースをラジオで聴いていた夜更けのことだった。
 「これはひどいことになったな」などと暗澹たる気分でベッドに腰掛けたままラジオをボッと見つめていたのだが、そのうち、ラジオからナット・キング・コールの、曲名は忘れたがスロー・バラードが流れ出したのだ。豪華なストリングの付いた美しいメロディのその曲は、もたらされたニュースの禍々しさと強力な対称を成し、痛々しいとも言いたい、こちらの感性をヒリヒリ攻め立てる壮絶美を作り出していた、と記憶している。

 そんな次第で、今夜はジュリー・ロンドンの、この盤を聴いている。いつ終息するとも知れなくなって来た原発事故のニュースを目の隅で追いながら。
 最近、気に入っているんだよね、ジュリー・ロンドンが。まさか白人のジャズボーカルの盤なんか集める日が来るとは思わなかったけど。いやあ、この歳になって、その良さが分かるようになってきたのだよ。その軽さがいい。素直にスッと出てくる歌心が快い。変にこねくり回さない歌唱法がいい。聴いているこちらが疲れなくていい。しかも歌い手は美人だ。

 収められているのは、今回は他人のヒットのカバーがメインのようだが、彼女が得意とする優美なメロディのバラードが多く、企画の段階でこれは楽勝と決まりのようなものだ。
 バックは、彼女の人生のパートナーでもあったボビー・トゥループ率いるストリングス・オーケストラが務め、豪奢にしてセクシーな一夜の幻想を奏でる。

 歌詞カードの片隅にジュリー・ロンドンの簡単なプロフィールが書かれていて、それによると彼女は引っ込み思案な性格で、歌手のクセして大勢の人前で歌うのが苦手であったそうな。そんな話を聞いた後では、綺麗な包装紙に包まれた高級装身具のように見えるこの音楽世界は、実は簡単に折れてしまう彼女の心の防御の、その副産物だったのではないか、なんて気もしてくる。
 そういえば彼女、ギター一本とかギターとベースだけとか、不思議にデビュー時からあえて簡素な伴奏をあてがわれ、閉ざされた世界の、やや退廃気味の美を歌って来たのだった。

 などと意味ない考えをもてあそびつつ、贅沢なデザインのロウソクがゆっくりと燃えて行くのを夜が更けるままいつまでも見守る、みたいな気分で。世界の終わりまで、あとどのくらい?




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。