秋の夜長のこわ~いお話 by 稲川淳二
夏にふさわしい話題をとか思ってハワイアンなど、このところ取り上げてきましたが、その流れで稲川サンの怪談音源など。まあ、音楽でなくて恐縮ですが。というか、夏を意識の割にはタイトルが秋になっていますが、それもご容赦。つーか、そもそも今回の書き込みそのものが無茶ですが。
稲川淳二の怪談音盤は数多く出ていますが、これが歴史的レコーディングという意味では価値が高いでしょう。彼を怪談語りの名人の座へと押し上げた作品、”生き人形の話”のオリジナルが初出収録されている、という事で。
上に提示した写真は初出のカセットのジャケですが、この作品、CD化もされて、今日でも購入可能です。”生き人形の話”は、ある人形師が製作した人形が呪われていて、さまざまな怪異を引き起こす、というもの。
あらゆる怪談のパターンがブチ込まれて波乱万丈、一時間かけても語りつくせない、大作?です。いろいろな場で語られているので聞かれた方も多いかと思いますが、怪談としてはいまだ進行中であり、新しいページが現在進行形で書き加えられている、というのもワクワクさせてくれます。
で、このレコーディングで聞かれる稲川淳二の語りは、意外や今よりずっと滑らかです。力も抜けていて、今日の力の入った、ある意味演出過剰な語りに較べると、ほとんど世間話のように物語を進行して行きます。
逆に、最近のレコーディングになればなるほど、稲川の口跡は怪しくなり、言い間違いも多く、非効率な繰り返しも多くなります。そして、そのどちらが耳に”聞く楽しみ”を与えてくれるかと言えば、それは欠陥も多いはずの最近の録音なのですね。
この辺の違いなど聞き比べていると、稲川怪談も時を経るうちに、ある種の語り物として音楽にきわめて近いものになりつつあると感じてしまうのです。語り物が音楽へと変質する瞬間に知らずに我々は立ち会っているのかも知れない・・・
実際、稲川怪談は日本の伝統音楽の失われた何かしらの要素(それが何なのか、今はまだ説明不能なのですが)の代わりとしてそこにあるなんて、夏の夜、一杯やりながら、このレコーディングを聞きつつ、仮説を試みたりしているのであります。