ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

フジ・ミュージック恨30年

2011-04-22 23:58:18 | アフリカ

 ”Iwa ”by Sikiru Ayinde Barrister

 もう、この話は何度もしてきているんだけれど、かってワールド・ミュージックに”ブーム”と言えるほどの光が当たり、あちこちで各国を代表するミュージシャンが集合してのワールドミュージック・フェスティバルのタグイの大規模なコンサートが催された、なんて時代があった。今となっては現実とは思えないくらいなんだが。ともかくパキスタンのヌスラット師などという畏れ多い方のライブを当たり前の顔して見ていたんだから恐ろしいもので。
 その中でも飛び切りの大看板といえたのは、やはりナイジェリアからジュジュ・ミュージックを引っさげて世界に打って出たサニー・アデの来日だったろう。当時、普通の夕方のニュース枠で、民族衣装に身を固めたアデが成田空港に颯爽と姿を表す様子が報じられたのだから、とてつもない話。時は流れて今、サニー・アデが何をしているのかを、というか、その名を覚えている人もろくにいやしない。現実は過酷だ。

 そのアデ来日の頃、我が国の輸入レコード店にナイジェリアからの輸入盤が溢れた、なんて椿事もあった。アデ人気に当て込んで仕入れたのだろうが、結果はどのような収支決算となったのか。私などは砂糖壺に迷い込んだ蟻状態で、手当たり次第にそれらの、なにやらめちゃくちゃ汚れた埃だらけの盤を大喜びで買い込んでいたのだが、レコード店側の裏事情をご存知の方、どこかに追想録でもまとめてくれないものか。
 そんなナイジェリア盤の中から、たとえばフジ・ミュージックなどという怪物に出会い、すっかり魂を持って行かれてしまったのは私ばかりではないだろう。ボーカルとパーカッションのみ、という潔い楽器編成。ボーカリストの鋼の喉から搾り出されるイスラムっぽいコブシのかかった、しかも日本民謡と極似した音階を持つ、実に魅惑的なダンス・ミュージック。
 その、西欧音楽の影響をこれっぽっちも感じさせないワイルドで黒々としたアフリカ風美の洗練のありように我々は、こんな音楽があったのか!とすっかり魂を持って行かれたのだった。などと思い起こすだけでも、血が騒ぐ思いがするのだが。

 その当時、私が出くわした最初のフジ・ミュージックが、この”Iwa”だった。フジ・ミュージックの開祖、といわれるアインデ・バリスターが1982年、ナイジェリアはラゴスでリリースした、強力盤。私は、その地獄の底から響き来る悪鬼の蠢きみたいな険悪な気配に満たされたパーカッションのアンサンブルの迫力と、独特のエコーを伴ってのた打ち回る野太いバリスターの歌声にすっかり魅了され、フジのレコードを求めての、オノレこそが悪鬼であろう、と言われても仕方のないレコード店めぐりが始まった。
 そして時は流れ。なにやら今日のフジ・ミュージックは、かっての黒く重たいビートを捨て、非常にスピード感のある、だが妙に軽く薄味な方向に梶を切っている。と、私には思える。そうなってしまった音楽、私にはもう、フジ・ミュージックとは思えないのだが。
 先日、バリスターの訃報を聞いた。正確な彼の享年を知らないのだが、いずれ早過ぎる死であることは確かだろう。生涯現役ではあったが、もうすでに大御所のポジションにいたバリスターは今日のフジ・ミュージックのありようをどう思っていたのだろう?

 このたび、その思い出の”Iwa”のCDを手に入れた。こんなものが出ていたんだな。アナログ盤を買い集めていた当時、その埃だらけであちこち反っている盤を聴きながら友人と、「そのうち、ナイジェリア盤のCDなんてのが出てくるのかもな」などと、あくまでジョークとして言い交わしていたものだが。いつの間にかそいつは現実になっている。
 CDに姿を変え、久しぶりに聴く”Iwa”は、記憶の中で高熱を帯びて鳴り響いていた音より、幾分かクールなものとして聴こえた。まあ、こちらもアフリカの音楽はその後、それなりに聞き込んでいるからね。
 さまざまなリズムが交錯するメルティング・ポットと感じたパーカッション群は、むしろ整然として重く地を這う感じだ。ミニマルミュジック的、なんて言い方さえ出来そうだ。それは、姿勢を低くして対戦相手に接近する手だれの格闘家のすり足、なんてものを連想させる。
 そしてバリスターの歌声。最近のものと比べれば、相当に若く青い響きが、こちらをなにやらセンチメンタルにさせる。まだ若く、手に一物も持たない街角のヒーローたる青年、アインデ・バリスターの怒りに満ちた呻きが、イスラム仕込みのコブシとなって、脈打つリズムと共に灼熱のラゴスの街を流れて行った、そんな日々を思う。

 あれから。30年くらい、過ぎて行ってしまうんだよな、簡単に。





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