”Seis Cuerdas Y Una Voz”by Anibal Arias Y Oscar Ferrari
ともに80歳を越えた大ベテランのタンゴ歌手とギタリストの共演盤である。ほかに伴奏はなし。その歳になってもきちんと現役の音楽家である二人の、かくしゃくたるプレイがあるのみである。2006年作。
”唄ものタンゴ”の懐かしのメロディ定番曲を中心にして、穏やかな表現ながら溢れる歌心が零れそうな共演が続く。物静かながら枯れてはいない、そんな切なさを含んで、歌声にもギターの音にも、まだまだ艶を感じる。
歌手の自作詩朗読やギタリストのソロ演奏などを差し挟み、ギターと唄だけの編成ながら聴いていて飽きる事がない。
歌謡タンゴの創始者である巨人・ガルデルの作った”帰郷(ボルベール)”が中ほどで歌われていて、これがたまらなく甘美だ。
遠くの土地を長い事さすらった男が、年老いて故郷に帰ってくる。男の心は懐かしさで一杯だが、同時に名付けようもない不安に囚われてもいる。帰った故郷で何に出会ってしまうのか。忘れたはずの夢にか。形も定かならぬ期待と恐れに、胸騒ぎがやまない。
今日ではあまり録音される事もない古い恋歌、”ラモーナ”が収められているのが嬉しい。 最晩年のディック・ミネ氏が、国営テレビで放映された最後の”ディック・ミネ・ショー”でクロージングに歌った曲。当たりを取った歌謡曲でもなく、ジャズ歌手といわれた一般的イメージに付き合ったものでもなく、ディック氏が生涯最後の大舞台を締める曲に選んだのは、タンゴの国の古くて優しいメロディのワルツだった。
きっと今、二人はこうして帰って行くところなのだ。自ら奏でる宝石みたいな音楽に乗り、80年前にいた場所に帰って行く。その輝きと、漂う一片の物悲しさ。
一音一音を噛み締めるように音は紡がれて行く。