”スマイル”by 渡哲一
先日の奄美民謡に関する文章では、まるでもう奄美の民謡に興味を失ってしまったかと取られかねないのだが、もちろんそんな事はないのであって、かの音楽はいまだ、私にとって刺激的なものであり続けている。
が、心のうちに、「しかし、これはこれでいいのかな?」という疑問が生まれていたのも事実で、そこにいずれ調査隊を派遣せねばと思っていたら、とうよう氏がいきなり爆弾を落としてしまったので、そしてそれがあながち誤爆とも思えないものだったので、ちと困惑気味といったところなのであって。
この夏、奄美のお隣の沖縄の音楽をまとめて聴いたことも影響しているのだろう。
実はそれまでいろいろ事情ありで(これに関しても、もう何度も書いてきたが)敬遠してきた沖縄の音楽だったが、積もり積もった恩讐を捨てて(?)素直な気持ちで聴きなおしてみた結果、それまで聴いていた奄美の島唄の世界と比べて何と緩くて自由なのだろうと、いまさらながらに驚かされたのだった。なんだ、なんでもありじゃないか、と。
沖縄では生活に歌の世界が直結している感じで、続々と暮らしに根ざす唄が生み出され、人々は、まるでサンダル履きで実生活と歌の世界とを行き来している。
かえりみるに、奄美の島唄の、なんとストイックなことだろう。剛直に”伝承の継続”という柱が中央にそびえ立ち、唄者たちは脇目も振らずにその一直線の道をひた走る。時代の流れや個人的な感傷は、ここでは問題にされてはいない。
そいつはとうよう氏の言うとおり、”型にはまった世界”とも言えるだろうし、また、”トラディショナル・ミュージック”としては、いっそ一途で潔いという捉えようもあるように思えた。
私が惹かれた”現代に生きる古代歌謡”の世界もつまりは、このような継承のされ方の結果として存在しているのであろうし。
と、このあたりで、まあ途方に暮れているわけですよ、奄美島唄のファンとしては。
さて、ここにとりい出しましたるは。
奄美島唄のベテランであり、奄美南部の島唄形式、”東(ヒギャ)唄”の最高の歌い手として名をはせ、長いこと島唄講座の講師として後進の指導にあたっているという大物らしい渡哲一氏のアルバム、”スマイル”である。
といっても、そのような触れ込みに興味を持ってこのアルバムを買ったのではなく、ジャケ写真の、アロハを羽織り、リラックスしきった微笑を浮かべる渡氏の姿と、”スマイル”という、その奄美島唄らしからぬアルバムタイトルに惹かれた。
つまりは、なにかというと純度の高い感じのつくりである奄美島唄の盤とは趣が異なり、何か一味違うものが聴かれるかと期待して盤を手に取ったのである。
この盤を購った当時は奄美島唄の聴き始めの、まだ無心にその世界を探求していたはずの私だが、その頃から、”もう少し表現の幅が欲しい。奄美島唄の別ルートからの歌声も聴いてみたい”そんな欲求は芽生えていたようだ。
そんな私であるが、この盤から飛び出してきた音を聴いて、まずは大いに戸惑ったのを覚えている。
それまで馴染んできた奄美の唄者たちの鋭い歌声とは趣の異なる、なんだかモコモコした感じの歌声であり、三振と共に織り成すリズムも、「え?これで合っているのか?」と途方に暮れる不思議な癖があった。
いや、実はいまだに、これでリズムが合っているのかどうか私には分からないのだが。いやいや、合っていないわけがないのだが。
これが”巨匠の余裕の一撃”という奴なのだろうか。いつもの研ぎ澄まされた島唄表現とは別の”引き”のパターンではある。が、沖縄の島唄に感じた”緩さ”とも、また違う。
こいつもまた、奄美の”伝統一直線”の剛直な道筋を歩む唄には違いない。ただ、そのアプローチが”激渋”であるだけで。この持ち味、”老獪”といってしまって良いのかどうかも、いまだ分からないのだが。
ともかく巨匠がお仲間たちと繰り広げる渋いセッションに、なにやら子供の頃、寝しなに、大人たちが別間で繰り広げていた酒宴の歌声を漏れ聞いていた、そんな記憶など呼び起こされつつ、悩み多き秋の夜は更けて行くのだった。
自分の混乱をそのまま放り出した文章を書いているなと反省しつつ、だったのですが、まさか楽しみにしていただいているとは驚きでした。でもまあ、そう受け取っていただければ気は楽だ、と(笑)
そして・・・さてこの先、どうなりますか?
「アダンの実」を聞いてくだすったとは嬉しいですね!ああいう音楽は楽しいですよね。
奄美島歌にはまるうちに今まで敬遠していた沖縄民謡を再発見してしまい、奄美に違和感も持つようになり……という過程がたまりません。連続サスペンスドラマみたいです。って、つたない比喩ですみません。
奄美をめぐってマリーナ号さんがどうなっていくのか?ワクワク(といっては不謹慎かな)しながら読んでいます。
あ、「アダンの実」聴きました。楽しかった!
古典はこういう子にもっともっとぶん回されてほしい、と思いました。