”From Night To the Edge of Day ”by Azam Ali
そしてさらに”夜のムードミュージック特集”は続くのであった。
さてこれは、西アジア風味のアンビエント・ミュージック的なものを売りにしてアメリカで評判をとっているグループのヴォーカルの人の2ndソロアルバムとか。前作も、そのグループの音も聴いたことはないのだが、このアルバムをひょんな事から耳にし、興味を惹かれた。
イスラムっぽく、あるいはアジアっぽくメリスマのかかったヴォーカルが多重録音され、ゆらゆらと流れて行く。その後ろで殷々と響くシンセの和音と民俗楽器の音。イラン。トルコ。アゼルバイジャン。西アジア各地の民俗音楽の幻想が、夜を流れる霧のように無から生まれて海の上をひととき漂い、そして入り江を巡って虚無へと帰って行く。
こんな幻想を私は幼い日、暖かい春の夜に空高くに見たような記憶がある。祭りの縁日見物の帰りだったような気がする。いやいやこれは、後付けのでっち上げの記憶であるのだろう。
ここに演じられているのは、もとより現実に存在する音楽ではない。歌手の夢想の中だけに鳴り響いている音楽のリアル化であり、むしろプログレのジャンルに属する音楽だろう。
現実に近付き過ぎず離れ過ぎず。微妙なバランスの中でガラス細工のような西アジア幻想は漂う。それは、朝日の訪れと同時に消え去ってしまうような夜の領域の想念の果実である。
歌手はそもそもがイランの生まれの人であるが、さまざまな事情があってインド~アメリカ合衆国~カナダと流れた亡命の、デラシネの人であるようだ。
そんな彼女の、西アジア各地の子守唄を集めたこのアルバムは、異郷であるアメリカ合衆国において息子を出産すると言う彼女自身の体験にインスパイアされた、スピリチュアルな音楽上の実験の記録である。あるいは世界国家の試み。あるいは音楽に託した一つの祈り。