”Vita ”by Unni Løvlid
あれれ、こんな音楽のやり方もあったのかと意表を衝かれる思いなのだけれど、音楽そのものはきわめて誠実なものなので、キワモノと取る訳にも行かない。
ノルウエイの中堅トラッド・バンド、”Rusk”のヴォーカリストである、Unni Løvlidのソロ・アルバムであります。まさにソロ、まったくの無伴奏で歌われる13曲。
録音の場所は1920年代に美術館として建てられた建物。そこのホールで、彼女は何の伴奏も無しに歌を歌うのだけれど、そのホール、独特の残響があるんですね。淡々と歌い継ぐ彼女の歌声の周りにモクモクと雲のようなエコーが湧き出して取り巻く。それが非常に神秘的な効果を生んでいる。このエコーでは、普通は音楽なんて出来ない筈なんだけど、あえてその凄い残響を音楽に取り入れてしまうって発想に一本とられたというべきか。
Unniの凛とした歌声で歌われているのは、ノルウエイの古い民謡や、音楽家だった祖父が古い詩に曲を付けたものなど。どれも非常に地味なものです。いかにも北欧らしい、ちょっと暗くて澄んだメロディが印象的な曲ばかり。
知人は、使われている筈のないバイオリンの響きが聞こえてくるような気がした、と感想を洩らしていました。聴く人によって、あるいはオルガンの音、あるいはずっと遠くで奏でられるひそやかなオーケストラの音。
そんな具合に、彼女の歌に一息遅れて湧き出し、ついてくる残響の雲はさまざまな幻想を巻き起こします。山間の教会の鐘の音が野山に反響して幾重にも聞こえる、そんな効果の内に。
あるいは、歌の周囲に天使の羽のようなものが生まれ出て、黄金の輝きを放ちながら羽ばたいているような。
録音の舞台となった美術館のホールは、ジャケの写真を見ると、キリスト教の宗教画らしきものが壁面から天井へとびっしり描きこまれて、それが柔らかな間接照明に浮かび上がる様は、まるで教会の中のような印象を与えます。そのせいで、ノルウエイ語を解しないこちらには歌われる歌ことごとくが賛美歌のように聴こえてしまうのだけれど、Unni自身が書いた解説を読むと、子供の遊び歌からベートーベンへの捧げ歌(?)まで、もう少し幅広いもののようだ。
内ジャケの写真、宗教画の前で短いコートのようなものを羽織った短髪のUnniのシルエットが間接照明を背に浮かび上がった様などはなかなか神秘的で、この美術館におけるライブなど立ち会うことが出来たなら、それは素晴らしい体験だろうなあ、などと空想せずにはいられないのでありました。