"I himmelen" by Triakel
まだまだクソ寒い日々は続いておりますが、それでもたとえば日の長さなんてものは、確実に長くなっているようです。ちょっと前までは、もう夕方5時くらいには世の中真っ暗になってしまっていたんですが、この頃は、日差しが頼りないながらも残っていたりね。
こんな冬の真っ盛りの時期になると、脈絡もなしになんとなく思い出される風景ってのがあります。子供の頃に見た、家の近所の通りのなんでもない冬景色なんだけど。
いまだに冬になると思い出すんだから、何ごとかインパクトのある出来事がその風景の中で起こったのかもしれないけれど、もう何も覚えていない。ただ、大気が寒気に満たされ、凍えた指先が痛んだり、なんてことが起こると条件反射的にそれらの風景が記憶の中に蘇り、ひとときたゆたい消えて行く、それだけの話。
軒先の低い家が並んでいて、その場所は明白に分かっている。隣の町内のある通りなんだが、区画整理とか家屋の建て直しなんかで、それはとうの昔に失われた風景となってしまっている。冬の弱い陽光が家々の庇越しに差し込んでいて、子供たち、それは私の幼い頃の遊び仲間のようなんだけど、どいつもこいつもゴロゴロに着膨れた姿で、吹き付ける木枯らしに頬を紅くして、何ごとか声高に言い合っている。鬼ごっことか、そのタグイの遊びをしている様子。
うん、それだけの話で申し訳ないんだけれど、冬至であるとか小春日和であるとか、冬を象徴するような言葉を耳にするたびに、この風景が頭をよぎって行く。なんなんだろうなあ。他の光景でも良かろうものを。特に悲しいでもなし、楽しかったでもなし。ただ、流れ去った時間の長さにひどく遠い気持ちにさせられるばかり。
スエーデンにTriakelというトラッドバンドがあって、彼らが1998年に出した同名のデビュー・アルバムに"I himmelen"って曲が入ってるんだけど、その曲の雰囲気が、今挙げた思い出の切片のイメージに非常に合っていて、ふと時間の空いた冬の昼下がりなどに何度も繰り返し聞いてみたりする。そうしたところで何が分かるわけでもないんだけれど。
Triakelは女声ボーカルにハモンドオルガンとバイオリンという三人編成のきわめて素朴な音のトリオで、スエーデン民謡のひときわ地味なところを地道に演奏する。
オルガンはこの曲において、ハモンドの特性を強調するというよりも、小学校の教室に置かれていた足踏み式のオルガンの音を模しているようだ。バイオリンはクラシックの奏法ではなく鄙びた民謡調の音を響かせ、ヴォーカルの女性の声はあくまでも素朴で。
聴いているとまるで子供の頃、そのような音楽を日常的に聴いて育ってきたような錯覚に陥りかけるが、もちろん、そんなことがあるはずがない。北欧の民謡など耳にしたのはオトナになって音楽ファンとして自覚的にそれを選び取って初めて、のことなのだから。
ヒンメルとは確か天国を意味する言葉だから、"I himmelen"は、おそらくスエーデンの賛美歌なのではないか。優雅な三拍子で、北欧の民謡に特徴的である、フィヨルド式海岸の谷間に木霊する様な、どこまでも天高く昇って行くような澄み切ったメロディを持っている。どことなく”中世”を思わせる響きでもあり、実際、相当に古い曲なのではないか。
晴れ上がった青空の高みに、シベリアを越えてきた凍りつく空気が吹き荒れている。天気予報がそんな冬の便りを伝える日は、気まぐれに蘇る自分の脳裏の意味不明の記憶と、それと妙な共振を起こす古い北欧の賛美歌を思う。この青空を越えていった向こう、はるか地球の裏側で何百年も前に生き、"I himmelen"を歌って神の国を褒め称えていた永遠に見知らぬ人々の事など思う。