本日1月12日は、作家の村上春樹さんのお誕生日です。
確かめたところ、1949年生まれ、ということなので、
なんと57歳!ですねえぇ。はあーっ。私なんかにため息
つかれたくはないでしょうが、「57」という数字は結構重みが
ありますよね。いい年を通り越して、社会を担う重鎮の年齢。
小学校の教頭先生の年頃、のイメージ・・・。もちろん、
春樹さんは、そんなことちっとも気にしていないだろうし、
年齢で、人を社会に位置付けることを、とっても嫌がる人です、
きっと。
たぶん、今はまだボストンにお住まいですよね。どこかの
レストランを予約して奥様と二人、お誕生日ディナーかな。
ジャケットにシャツ。でも、白いスニーカーを履いている
でしょうか。
「お誕生日、おめでとうございます。」
1月12日生まれといえば、実は私の父がそうでした。
過去形なのは、昨年別の世界へ逝ってしまったので。
村上春樹と自分の父親。
この二人の誕生日が一緒だと知った時には、「複雑な気持ち」を
通り越して、「見なかったこと・知らなかったこと」にしたい
くらいでした。
なぜって。
なにしろ、私は「春樹贔屓」。そして、父への気持ちは
少女期の屈折を抱えたまま。そんな二人がおんなじ日に
生まれているという事実は、単なる偶然、とわかっていても、
二人を、『まったく違った時期・方法・方向からだけれど、
私という人間の形成に、影響を与えた人(男と言い換え可)』
というふうに、言うこともできるわけです。
そんなふうに、父と春樹氏を、自分の中で結びつけてしまう
こと、それ自体に嫌悪したりしていたのです。
それは、そうと。
晩年の父は、自分の誕生日にこだわっていました。
私が子供の頃は、父の誕生日がいつなのかも知らないくらい
(ひどい娘と思われてもしかたありません)誕生日は、
普通の日扱いでした。でも、ここ10年くらいでしょか。
孫たちのお誕生日会のように、自分の誕生日にもケーキを
買って、みんなを呼んでお祝いしよう(夕ご飯を食べよう)
というふうになったのは。
いつの年だったか。1月12日当日は、みんなが集まることが
難しいので、その翌日の、休日にしよう、と私が言ったのです。
そしたら「この年の1月12日は、その日いちにちしか
ないんだよ」と言い、持ち越しを渋ったことがありました。
私は、すぐに妹に電話して「こんな子供みたいなこと
言ってるんだよ」と二人で笑い合いました。(その翌年に、
みんなで夕飯のテーブルを囲めたのか、それとももうテーブルに
つけずに、ベッドでケーキを食べたのかははっきりと
思い出すことができません。ひどい娘だと自分を責める理由は
ごろごろ転がっています)
融通のきかない人。少々偏屈な人。
真面目で几帳面な部分が、私には、長い間、そう見えていた
のかもしれません。誕生日にこだわったのは、もしかしたら、
あと何回もその日を祝うことができないと、どこかで目に
見えない小さな虫が、知らせていたからなのかもしれませんが。
ところで、日にちこそ違いますが、私の夫も、山羊座なんです。