my favorite things

絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

バンクシー展@アソビル

2020-07-26 18:35:05 | 好きなもの・美術館や展覧会

名前はね、知っていたし、近頃もニュースになっていたし。
でも割と自分の興味からは遠いところにあったのですが、
夫が是非とも観たいと言いまして。
連休でもあることだしと、娘も含め家族3人で、横浜まで出かけました。

うちの店長も書いているように、こんな感じの作品ばかりをイメージしてました。

会場入ってすぐのところにも、バンクシーが出現したこんなマップもあったし。


そしたら、それ以外にも、リトグラフ作品がとってもたくさんありました。
(立体作品や映像もありました)
 



 赤がとても印象に残ります。


大変見応えがありまして、これでもかこれでもか、と続きます。
事前にスマホにアプリを入れておくと、音声ガイドを持参のイヤホンで
無料で聴くこともでき、それがまたほぼ全ての作品に解説が付いているのです。
(こんな感じで使えます)


たくさん観たばかりで、何がなんだか状態ですが、この、レコードジャケットにも
なった作品が好きかな。



バンクシー。
なんたって、名前がいいですよね。なんかやりそうな人の名前です笑。

そして抗議や反戦のメッセージを、アートで表す、ってやっぱりso cool!
「今まで」を知ったことで、「これから」がとても楽しみになりました。

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ルイス・ミショー

2020-07-22 17:12:11 | 好きなもの・音楽や本

数か月ぶりに図書館へ行き、YAコーナーの棚で
こんな本を見つけたので借りてみました。



ルイス・ミショーは、1938年、43歳のときにニューヨークの
ハーレムに本屋を開きます。

ナショナル・メモリアル・アフリカン・ブックストア
黒人に関する本ばかりを扱う書店、通称「ミショーの店」、そして
訪れる人は彼のことを「プロフェッサー(教授)」と呼んでいたそうです。

マルコムXをはじめ、ミショーのことを慕い、店に通って来ていた
常連は私でも、あ、この人なら知ってる、という面々も多く‥。
ミショーの影響力が計り知れないものであったことは、容易に
想像ができます。

作者のヴォーンダ・ミショー・ネルソンは、ルイス・ミショーの
弟の、孫にあたる人だそうで。彼の入念なリサーチとインタビュー、
新聞に載った写真などからも、その時代の雰囲気を読み取ることが
でき、とても面白い構成の本だと思いました。
(訳者である原田勝さんのログがこちらに載ってます

:::   :::


なぜ彼が本屋を始めようと思ったのかー。
こんなふうに書かれているページがあります。

わたしは多くの黒人たちと接したが、残念ながら、自分たちの
歴史をちゃんと知っている者はごくわずかだった。
自分がどこから来たのか知らなければ、どこへ行こうとしているのか
わからない。自分にどれだけの価値があるのか知らなければ、働いた
対価をいくら受け取るべきなのかわからないはずだ。自分が何者なのか
知って初めて、現状を改善できる。
黒人は眠っている。いや、眠っているわけではない。目はさめている。
ベッドの端に腰かけて脇腹をかいているのだ。

今、自分の胸の中にある気持ちを、分析したり、書き表すことは
とてもできませんが、この引用した部分はどんな人にも当てはまる
とても大事でとても普遍的なことを言っているのだと感じます。

私は、ルイス・ミショーという名前を、この本を目にするまで、
一度も聞いたことがなかったし、彼の本屋のことも何も知りませんでした。
でも、今は知っているし、ずっとむかしに観た映画「マルコムX」
今だったらもっとよくわかると思うのです。

そして、本ってすごいと、また思うのです。

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愛すべき「すかたん」

2020-07-18 19:03:47 | 好きな本

こんな感じの、面白そうな表紙だし。
題名だって、すかたん=(見当違いな人、間が抜けたことをする人)
なので、しっかり力を抜いて読み始めたところ‥。


やはり、浅井まかて作品はすごいなあと、すっかりやられてしまいました。
「まかてさん、こんな本書かれたら、惚れてまうやろ」笑です。

時は江戸時代だけど、場所はお江戸ではなく、「天下の台所」の大阪です。
主人公の知里は饅頭屋の娘。藩士の夫に見初めまれてお武家へ嫁ぎ、
夫の任務に従い共に大阪暮らしが始まって間も無く、夫は不運にも病死。
嫁ぎ先には居られず、されど実家へも帰れず、子供に手習を教えて暮らしを
立てていましたが、仕事先はクビになり、空き巣にも入られ、途方に暮れて
いたところに、たまたま居合わせた「若旦那」。ちょっとした口喧嘩の
売り言葉に買い言葉が「縁」で、青物問屋のご寮人さん付きの上女中という
新たな就職口が見つかります。

何もかも目新しい大店での暮らし。ご僚人さんには叱られ続けですが、
次第に大阪の旨いものに知里が目覚めていく様子と、人は良いけどどこか抜けてる
「すかたん」の若旦那との、付かず離れずの気持ちが、とてもいい具合に
描かれ、あともう少し、あと1ページと、手が止まらず、気がつけば
あっという間に読み終わってしまいました。

若旦那がただの「すかたん」ではなく、青物馬鹿で、品種改良を試みて、
新しい「蕪」を作ろうとしたり、農家と問屋と小売店の関係を考え直して見たりと
いうあたりもとても話を魅力的にしているし、色街の芸妓が、知里と若旦那の
関係に関わっているだけでなく、旦那様とご僚人さんの長らくこじれた糸の
発端もそうであったことが下地にあったり、と、とにかく上手いんですよね、
この度のまかてさんも。


::: :    ::: :


つかえていた胸の中の何かが、読んでいるうちに溶けてきて、流れていくのが
わかるようで、小説ってこういう効用もあったのだなーというか、まあ、
効用なんかなくたって、面白ければそれで良いのですが。

ああ、面白かった。
生きていれば何か新しく、何か面白いことが起こるかも、ってまた思いました。


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ピーター・ドイグ展@国立近代美術館

2020-07-13 17:50:50 | 好きなもの・美術館や展覧会

2月に東京国立近代美術館工芸館へ行ったときに、次の
東京国立近代美術館の展示が「ピーター・ドイグ」という画家で
日本ではお初の方だと知りました。

飾ってあったポスターの絵はたしかこの絵。

美しく幻想的な絵を観てみたい気持ちと、自分より少しだけ年上の画家の作品って新鮮な
気がして(笑)、前売りペアチケットを購入し、会期を楽しみに待っていました。

一時は外出自粛期間に会期が終了してしまうのでは?と諦めていましたが、その後
会期も10月まで延長され、「新しい日常習慣」のもと、無事昨日観ることができました。

一日早く観に行った娘情報で、館内の作品は撮影自由だと知り、↑の画像も
館内で撮影したものです。
そして、娘曰く(3つに分かれている展示の中で)最初のところが一番よかった。


なるほど~と、行ってすぐにわかりました。

「第1章 森の奥へ1986年~2002年」では、ポスターになった↑のような
幻想的だったり、抒情的だったり、あるいは色使いがとても美しい作品ばかりなのです。

たとえば、「天の川」


「ブロッター」


中でも私のお気に入りは、この2枚と‥その下の三分割されたような絵。





どの絵もとても大きいのです。2メートル×3メートルとか。
なので、少し離れたところから観ていると、美しいだけではなく、分割されている
構成がとても不思議な感じで見えてきて‥。
解説にもありましたが、水面に写っているのならば、そっくり同じ風景が水面に
写し取られているはずなのに、それは微妙に違っていて。
合わせ鏡の中に別のものが写っているような怖さがあり、そのちょっと怖いところが
違和感となり、怖いけど見たい、というような気持ちに繋がっていくのかなと
思いました。

「スキージャケット」
この作品の解説でも、真ん中であえてキャンバスを繋ぐことで、合わせ鏡のような
効果を生んでいると‥そうやって観ると別のセカイが同時進行しているようで
怖くて不思議な気持ちになります。(元のモチーフはニセコの広告だったようですが)




「第2章 海辺で2002年~」

ロンドンからトリニダード・トバコへ、活動の拠点を移してからの作品です。
 
いいなあと思ったのは、こちらの絵かな。
「ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)」というタイトルです。

色使いは明るくてきれいだけど、壁があまりにもきっぱりしているのに、描かれている
人は影のような、幽霊のような感じで、かなり不穏ですよね。黄色い壁によって
分断されているこちら側とあちら側のようにも見えるし、ライオンが自由に歩き回って
いることが人間の不自由さを強調しているようにも見えますね。


とても興味深かったのは、カヌーのモチーフがこのエリアの絵の中にもあり‥。

こんな大きく描かれているものから、言われなければわからない程、
小さなものまで。
(カヌーのモチーフのもとは、映画13日の金曜日のシーンからだそうです。
が、私は映画を知らないのでそうなんだーと思うのみ)

1枚の絵の中の構成として観るのではなく、カヌーに主体を置いて観ると
あらゆる画面の中に、「カヌーが入りこんでいる」ようにも見え、もはや
画面は自由に行き来するカヌーの「舞台」とも言えるのではないかーと
最後の方に書かれていたのがとても面白いと思いました。なるほどねー。

そうなると、今後「灯台」も気が付くとあらゆる絵の中に?!となるかも
しれず、それを新たに発見していくという楽しみ方もできるかもしれません。
  


「第3章 スタジオの中でーコミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ2003年~」

タイトル通りのクラブを画家は主催していて、今日はこの映画ですよ、と
知らせるためのポスターがたくさんありました。

たとえば気狂いピエロとか、

ストレンジャーザンパラダイスとか。



会期は10月11日まで。公式サイトには3DVR画像があって、
ぐいーんと近づいて絵を観ることもできます。

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