kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

小説の事柄

2007年09月27日 | 文学
夕方、オジが「見ろ、凄いぞ」
と興奮して、僕の小説のことについて書かれてある新聞を、
持ってきました。
記事の内容も酷評じゃなかったし、ホッとし、
送った写真も朝日新聞さんは、Vサインのまま、
載せてくれていて、楽しかったし、うれしかった。
朝日の文化グループのIさんに感謝です。
何よりうれしかったのは、オジがまるで自分のことのように、
喜んでくれて、コンビニに知らないうちに、
二部、夕刊を予約してくれてもいたのでした。
職人さんにも、オジが「見よ!」
とノリノリで、
「凄い」とか、結構、騒ぎになってしまいした。
で、Oさんがカラーコピーをしてきてくれて、
それを帰る間際の職人さんが見ていて、
「うーん、なんか俺もうれしい」
と言い、
「じゃあ、ありがとう」
とカラーコピーを持ったまま帰ろうとするので、
「持ってったらあかん!」
とオジが取り返し、
「なんだ、くれんのか?」
「当たり前じゃあ」
とオジ。とにかく大騒ぎ。
「オジ、あげたら? あんなに喜んでくれてるし、
一杯のみながら読むのかもしれないしさあ」
と僕が言うと、
「あかん、安売りしたら!」
とオジ。
「見ろ! 『ニートと自由と絶望』(清水さんが書いてくれた記事の見出しです)だぞ。
難しい用語ばっかりだ! 凄いぞ!」
って、はあ、良きマネジャーと化したオジでした。
それにしても、
最近のカラーコピーって、
きれいで驚きました。
帰り道、
オジと自転車を漕いで走っている最中も、
僕もオジも醒めやらぬ興奮の中で、
口調は静かになりましたけれど、
「今日はお祝いだ」
とオジは家に帰ってから奥さんに言うだろう、
思いを呟いていました。
立ち寄った事務所でも、
オジは新聞をコピーしてもらい、
事務所に一枚置いてきました。
僕はもう恥ずかしいので、影にかくれていて、
挨拶だけして事務所を出ました。
「ハッタリだよ、小久保君!」
はい。
記事になったことだけでもうれしいのに、
オジがさらにそれを増幅させて、
それこそ、
空に思いを放つ勢いで、
本当にうれしい日でした。

夜、自転車帰り、
思いがけない方からメールが入り、
月夜の下、自転車を止めて、
心を込めて返信を書いていたら、
あら、間違えて消してしまった。
ので、
シンプルになった文を返信しました。
そっちの文の方が良かった、
これも何かの計らいだ、
と思い、
僕も今日はお祝いで、
マックを4つ買い、
帰りました。

記事を書いてくれた文剣]論家、清水良典さんが、
「クローズアップ現代」に出るというので、
急いでシャワーを浴び、
マックを食べながら、見ました。
特集は、『ケータイ小説』。
ある携帯小説の書き手が、
「連載なので、たくさんの読者からの反応によって、
物語を変えることもあります。共同作業です」
と言っていたことに、注目しました。
僕は常々、小説がバンドと同じように、
グループで一個の作品ができないだろうか、
そうしたら自我のようなものがそぎ落とされて、
気持ち良い作品ができるに違いない、
と思っていたのです。
過去、何人かとそれを実験してみましたが、
なかなかうまくいきませんでした。
でも、ケータイ小説の場合、
メディアの進化もあって、
即、ストーリーを考える、希望する人が出現して、
そして作者(作者不在と、書き手は言っていたような気がする)
と共同で小説ができてゆく。
僕はこれが一番の小説の進化だと確信しています。
思想家だって、ドゥルーズ=ガタリと、共著でやっているし、
小説も、分業化してもいいじゃないか、
と本当に思う。
会話の専門、構成の専門、言葉の専門、地の文の専門、タイトルの専門、
とエキスパートを集めたら、集団力が強い日本人のこと、
きっとすごい作品ができるような気がします。
または、一章を誰かが書く、二章を誰かが、
とリレー小説も、うまくやれば可能性は無限。
言葉のインプロビゼーションは、
まだちゃんと確立されていません。
朗読という本来の物語(モノを語る)も、
まだちゃんとみんなやってません。

新しい作り方は始まったばかりですけど、
僕はやってみたいです。
そんなことをテレビを見てて、思いました。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする