kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

春一番

2018年02月28日 | 生活
良き夢の余韻

風水
幸田露伴

常温の納豆

春がすみ
空が青い

7枚から6枚へ
カイロ3枚から2枚へ

春一番
吹く


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足と一緒に動くこころ

2018年02月27日 | 生活
中国の家庭料理
春節で中国へ帰っていた
その手土産で
冷凍した手作りの肉まん

食べてみたいな
と言ったら
今日持ってきてくれた

早速
食べてみる
最初の一口は微妙
日本で売っている肉まんとは
もちろん違う
二口目でじわっと
味が来る
ニンニクとショウガと
山菜のような葉

これが凄くあっさりしていて
おいしい
二つ頂き
二つ食べた

カラス
枝をくわえ
電線にとまる

階段をのぼると
林がある
陽がさしている
葉は知っている
暖かきを

世界が青く見える
(空色、濃い)

初老の夫婦
二人とも
白杖を持ち
サングラスをしている
この紫外線がつらいのだろう
旦那さんは奥さんの方に手を置き
階段を降りてゆく
バス停に着き
バスを待っている

足と一緒に動くこころ
足と一緒に動くこころ

音で遊んでいるだけ
言葉で遊んでいるだけ
適当な理屈を添えることは忘れずに

「怒る人たちは自分が偉いと思ってるんやろうな」
と明石家さんまさんが言った
「怒る人は相手が何を考えているのかわからず浮「ので怒るのだ」
と高橋源一郎が言った

縁について考えていた

石牟礼道子の追悼記事で
詩人の伊藤比呂美が書いていた
同郷の熊本同士
伊藤比呂美は
渡米生活と熊本の実家を行き来し
いつも石牟礼道子さんに会いにいっていたという
たくさん話を聞いてもらったという
「ひきずっているんです、辛いです」
と伊藤比呂美が言うと
石牟礼道子はこう言ったそう
「ひきずるのも縁ですよ」
伊藤比呂美にも輝く言葉であっただろうけれど
読んだ者にも
何かを思わせる言葉だった

ひきずっている
男女問わず
あるいは
すでにこの世を終えている人とさえ
未だひきずっている

それも縁だという
だとしたら
ずっと会わなくても
ふっと思い出して
今どうしているんだろう
と思った時点で
縁があるのだろう
餃子を食べながら
そういうことを
考えていた

映画『パーマネント野ばら』の中で
「人間は二度死ぬねん、一度目は体がなくなった時、二度目は人の心から消えた時」

思いということ
思うということ
それが縁とは思わなかった
先人は凄い






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蔦に出会う

2018年02月26日 | 生活


青空
モミジバフウの木
母と子
北へ向かった

---

どこかの
ひとが入れぬ山奥の池
いずれそこで
蛙の卵が産み落とされる

---

階段をのぼると
蔦がいた


<脳は嘘をつく 心は嘘をつかない>
と新聞の広告に書かれてあった

夜のテーブルに
肉じゃがを置いて
春の兆しの一日の終わり
静かにしている


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道草/青空レストラン

2018年02月25日 | 生活
中庭を横切り
何かを話しながら
歩いていると
咲く梅にメジロ

象は大きな体で
歩いてゆき
壁に小便を放った
係員は水で洗っている

終日
たまった新聞を読み
読み終えたのは
夜半だった

八百屋へ行く道
公園に梅がたくさん咲いていて

こんな時
『道草』をして
梅を見る人もいるだろう

道草
こんな素敵な言葉を
誰が作ったのだろう


高校の同級生が
公園でごはんを食べる行為を
青空レストランと名づけていた
爽やかな彼らしい
日本語

土筆(つくし)が
八百屋で売られていた



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霞始靆かすみはじめてたなびく

2018年02月24日 | 二十四節気 七十二候
あたたかいです
二十四節気を五つに分けて
七十二候(しちじゅうにこう)は
雨水の次候となり
霞始靆と
めちゃくちゃむつかしい漢字で
かすみはじめてたなびく
と読みます
こんな字は書けないので
コピペです

乾燥して鼻うがいが欠かせない季節から
やっと空気に湿度が出てきて
遠くに見える景色が
なんだか
かすんで見えてくるような
そんな空気の変化が始まったべ
かすみがたなびいて見えるべえ
っていう意味みたい

次はいよいよ五日後の雨水の末候



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茶色のイガイガ

2018年02月24日 | 生活


(モミジバフウの実)



あたたかき

公園
木に登る少年を
久しぶりに見た
全員で7人
2人が別々の木に登り
下で5人が駆け回り
嬌声をあげる

---

翔は木から落ちる
イガイガの実だか種(モミジバフウの実)が
好きだった
拾っては
ぎゃははぎゃはは
と大笑いしていた
あれは寒い時だった

わたしは今でも
その時のことを覚えている
翔がそのイガイガの実だか種を
採りたいというので
だっこをして
小さな腕がまっすぐに天に伸び
そのイガイガを手にしては
もぎ
ぎゃははぎゃはは
と笑った声の
大きさを
あれも
公園だった

そのイガイガは茶色で
道路にたくさん落ちていて
イガイガの木が
公園を取り囲んで
植えられている
家に帰って
玄関の靴箱の上に
そのイガイガを置く

坂道を下る
自転車
洗濯物
布団干し
市バスが
ゆるやかなカーブを曲がり
下り

---

自由と書かれた
バス停

バス停を挟んで
老夫婦が
離れて
立っている
二人とも
マスクをして
二人とも
杖を持って
二人とも
眼鏡をかけて
同じ空の
同じ一点を
微動だにせず
見ている
「いい絵だ」
そう思って
写真を撮りたかった
しかしそれは
失礼なので
こうして
言葉でスケッチ

青い象
東を向いて
座している



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言葉の手帖

2018年02月23日 | 生活
ここにきたひとたち
わたしは初めから
ここにいる

それはもしかしたら
見るためだったのかもしれない
人間を

きたひとの
胸の傷を感じるため

きたひとたちに
さまざまな
視線と言動
それは侮蔑であったり
ヒエラルキーにとらわれた
社会性であったり
哀れみであったり
そういう上からの目線も
斜めからの目線も
同じ目線も
まれにさらに下からの目線も
すべて見る

ここにきたひとたち
ここから見える景は
ひとのこころだ
ひとの内心だ

ひとが発する
一瞬の光を
逃してはならない

肝に銘じる
わたしは
ありがたいことに
言葉を持っている
言葉を持たぬひとの思いを
代筆するのみ

すぐに
黒い手帳に
書記する
記録する

---

そしてわたしとて
なるべく世阿弥の
離見の見でありたいと
願う
これは凄い強欲


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一生勉強

2018年02月23日 | 生活
その人は
文学部の英文科を卒業して
卒論は「ワーズワース」

今でも小さなメモ帳を持って
英文を書いている

もういい歳だけれど
向学心がある
それが本当に素晴らしい

「英検受けるんだよ」
と言う
良い感じ
「だいたい人生でやることは全部やったかな」
と言いながら
まだやり足りないように
今夜もお風呂に入ってから
英語を勉強するそうだ
偉い

一生勉強ですね
こんなふうに
歳をとりたいもんだ

11時半過ぎ
陽光


---

あれ
ここいらには
木はもちろん
草もない
と思って
見渡すと
いたいた
敷石の間に



暖かきに
有頂天

日も暮れ
豪華な建屋の
料理店の前を通り過ぎ
ミヨリの森の脇を通り
歩いて帰る50分



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2018年02月22日 | 生活
空を
巨大な鳥が飛んでゆく
鳥は黒い
鳥は白い
鳥は青い



久しぶりの人々に会う
「あら」
であったり
「書いてますか」
だったり
「もうすぐ書きます」
と答えたり
「読ませてほしい」
などとありがたいお言葉を頂戴したり
「あれ小久保さんじゃない!」
「ああどうも」
と笑うと
「書いてる?」
とまた訊かれ
「もうすぐ書くよ」
と答え
「何だ声鰍ッてよ」
と大声で笑って言われて

亀がいる






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愚かな答え

2018年02月21日 | 生活
道に
茶色の
皮手袋
片方のみ
落ちている

椅子が運ばれ
パンが運ばれ
喜びの祝杯が始まる

虹が
どこかの場所で
どこかの国で
出ている
雨あがりの
空の下
葉は水滴に濡れ
活き活きと
緑に艶を出す

さびしい
かなしいは
ない
苦しい
つらい
がある

いとうたかおさんの歌の歌詞の一部で
「絶望は愚かな答え」
という歌詞がある
その「愚か」に今
気づきつつある

たとえば
絶望してはいけないとか
夢を持って
希望を持って
という使われ方

または茨木のり子の訳詩の一部で
絶望とか希望とか
うつろいやすいことでは同じだから
そんなものにとらわれずに
淡々と歩め
というものもある

人はそれでも
絶望する
すぐに気を取り戻して
希望へ向かったり
なかなか
絶望の中から
出られなくて
苦しい時もある
絶望が当たり前になっていて
無意識にまで浸食して
自身ですら気づかない時だってある

それでも
希望とも
淡々とも言わず
「絶望は『愚かな答え』」
の愚かとは何か
と考えてきた

何故
<絶望してはいけない>
ではなく
<絶望は愚かな答え>
となったのだろうか
愚者は安易に絶望と言う
または思う
「愚か」という言葉がミソなのだ
つまり
絶望以外の思考を
考えなさい
徹底的に考えなさい
という思考のプロセスをうながす
歌詞だ

まだわたしには見えないけれど
この短い歌詞の一部の深みを
思わずにはいられない
実はこの歌『エアメ[ト』の歌詞の続きがあるのだけれど
それは
「愛を探し求めて 旅を続けるならば、きっと長い旅になるだろう」
と続く

問いは投げられたままだ
わたしはまだ思考が浅すぎる

---

塔頭と書いて
たっちゅう
と読むのだそうだ

お寺の庫裡(こり)とは
本堂と住職の家がつながっているお寺の場合に住職の生活する場所をいうらしい
「こり」とは
住居塔という意味なのだそうだ

以前
永平寺で二カ月
学業した人に
教えていただくことは
多い
その人の行動は
おそらくすべて
修行の一環のような
気がしてならない

花が通ってゆく東西の道
夕暮れ


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良き風

2018年02月20日 | 生活


視覚障がい者のための
横断歩道の音
カッコーカッコーと
鳴く音は
東西の横断歩道
その下に立ち
カッコーカッコーと鳴く
信号機に
雀が5羽
とまっていた

陽光
良き風
吹く

自由になってゆく感覚
凍った心の朝から
数時間が過ぎ
心が溶けてゆく



※歩行者用信号の音声信号機について。
 名古屋においては基本的に東西が「カッコー」南北が「ピヨピヨ」とされている。他の地域ではメロディー等が音声となっていたり、場所によってさまざまであり、統一はなされていない。



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土脉潤起

2018年02月19日 | 二十四節気 七十二候
いよいよ雨水

雨水の初候は  

土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)

雪から雨に変わり
降った雨が
土に浸み込み
土が湿り気を含んでくる
といった意

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大根の葉の恵み

2018年02月18日 | 生活
寒し
梅の花
咲く

八百屋で
バナナ二房
0円の値札
「他の品を買ったら0円です」


二房
0円で買って
あとたくさんの
野菜

レジを終え
籠を持って
外の木机に置く
脇の箱に捨てられた
大根の葉
もったいない
そう思って
箱にあった
大根の葉も
リュックに入れて

道元の弟子たちは
飢えていた
米があれば

粥がなければ
とぎ汁
とぎ汁がなければ
「白湯を」
と道元は言った

世界で三分の一の人が
飢えている

わたしは
大根の葉をいただく
ありがたく
頂戴する

食べることができるということは
それだけで幸せなことだ
みんな先進国の人たちは
どうかしている






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2018年02月17日 | 生活
寒風
吹きすさぶ

桜の芽を見ている

乾いた国の夢を
初めてみた
どこだろう
中東か
赤土の国

強風で
看板が唐黷驩ケがする
雲は南東に向かった
空の高いところ
白いコンビニ袋も
南東に向かった

グレイの布は天に舞い

西のビルは
けぶっている
雪だろうか

風で道路標識が
音を出して
揺れている
その音
鐘を打つ音の如く

15時半

舞う


週末
♨へいくのが常になり
なんでもないことを
話しながら
炭酸泉に体を沈め
熱くなると
足湯にして
ずっと
話している

露天風呂は寒すぎて
ヒートショックを懸念して
パス
もう少し
暖かくなったら
露天風呂

のぼせる寸前まで湯に浸かり
足湯とて
しっかり体を温める
服を着て
外に出ても
寒いはずか
涼しい
それほど
体が温まっている
雪が降りだし
それでも寒くない
涼しい
すべて
湯の恩恵





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旧正月

2018年02月16日 | 生活
春節
今日が本来は
元旦

縦並び
六人衆

彼は公園に向かった
最初は公園まで行き着けなかった
二回目は着いた
青空


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