千の天使がバスケットボールする

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「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ著

2011-08-23 22:02:30 | Book
私は常々思っているのだが、この世で一番怖いのは人間である。どんなにあかるく健康的な人でも、人間の深層心理にはそれなりに深い闇がひっそりと沈められていると考えてしまうのは、。たとえば、ナチス親衛隊による強制収用所でのユダヤ人大量虐殺で、それをいとも淡々と事務的にしかも効率的に処理をすすめたアイヒマンの心理を理解するのは現代人としては難しい。しかし、あの時代にあのヒトラーの演説に出会ってしまったら、多くの人がアイヒマンになる可能性を秘めているかもしれない。

本書の著者はプロフィールによると、ナチ党全国青少年最高指導者バルドゥール・ベネディクト・フォン・シーラッハ(Baldur Benedikt von Schirach)の孫にあたるそうだ。彼は、ウィーンのユダヤ人移送にかかわったが、ニュルンベルク軍事裁判でかろうじて死刑を免れた人物である。名前からわかるように貴族出身。こんなディープで特異な出自が影響したのだろうか、フェルディナントさんは1994年からベルリンで刑事事件弁護士として活躍しているそうだ。そんな業務上知りえた(かかわった)事件に素材を借りて、人間の狂気と悲しみ、そしてそれでも人間であることの慈しみをスリルに、そしてここがポイントなのだがそこはかとなくユーモラスさえただよわせて描いた短編傑作群。

たとえば最初の医学生のフェナー氏の恋物語の顛末が語られる「フェナー氏」。
フリートヘルム・フェナー氏は田舎風美女のイングリットとパーティで出会った。ハンサムで生真面目、しかも優秀な成績で博士号を取得する予定のフェナーをたちまち気に入ったイングリットは、彼の望むもの、要するに豊満な肉体と巧みな性の技巧と絶頂を施して結婚にゴールイン。イングリットにとっては、願ってもない夫は、夫にとっても最高の妻だった。ふたりが最初で最後の素晴らしい新婚旅行の時まで。
新妻は夫に抱かれながら金切り声で叫んだ。
「あたしを捨てないと誓って!」
フェナー氏は妻との誓いを守り、生涯をかけて彼女を愛した・・・、が。。。

物語の凄惨さや不条理や狂気を淡々と乾いた文章が事務的にあぶりだしていく。著者が刑事事件の弁護士であることが、うっすらと思い出される。車の中で、人妻との情事が報道されて離婚した(された)俳優の内野聖陽さんを民事で弁護するようなケースとは違って、刑事事件となればあらゆる犯罪を扱うことになる。中には、常人の理解を超える恐ろしい事件も担当することもあるだろう。最近の大阪の「一斗缶事件」でも、当然、犯人である50代の男性にも弁護士がつくのだが、仕事とはいえこんな猟奇的な事件を詳細に調査しなければならない弁護士という職業もやわで繊細な神経ではやっていけないのではないだろうか。
まるで裁判の記録を読むように、冷静に客観的に事実が述べられていて、その中で起こった人間のふるまい、まぎれもない犯罪行為に読者は驚嘆するだろう。
やはりこの世で一番怖いのは人間、もしかしたら優しいあなたの配偶者かもしれない。
ドイツでは発行部数43万部、世界32カ国で翻訳されて数々の文学賞を受賞しているそうだ。