千の天使がバスケットボールする

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『クララ・シューマン 愛の協奏曲』

2009-08-23 15:10:40 | Movie
日本を代表する画家、平山郁夫画伯の成功には、藝大時代の同級生だった妻、美知子夫人の存在が大きい。平山氏よりも絵の才能があったと伝えられる美知子夫人は、藝大に合格して一生結婚をしないと両親に宣言をするも、その後出逢った平山氏との結婚を二年間考えぬき、夫婦で絵描きの家庭は妻の方が画家として残ることが多いため、ふたりで画家になるのは無理だと結論をだし、夫を画家にするために自身は教える立場にまわった。天才は天才を知るというエピソードもあるが、美知子夫人の生き方は日本女性の「内助の功」と美談で語られることが多い。

さまざまな紆余曲折があり、今だったらマスコミの格好のターゲットになりそうなかけおち結婚をした作曲家のロベルト・シューマンとクララ。ピアニストととしてその才能は観客に愛されたが、経済的な理由もあり旅から旅への落ち着かない演奏活動の生活に疲れぎみのクララ。デュッセルフにようやく音楽家夫婦にふさわしい家を手に入れ、夫も作曲活動に専念できると喜ぶ。夫のその才能に、自らの音楽的才能は封印してまでかけてきたのは、シューマンの優れた天才的才能は無論だが、この時代では、女性の作曲家や指揮者はありえなかったからだった。女には無理。しかし、充実した日々もつかのま、夫の精神状態はだんだん不安定になっていく。平山画伯のように、旺盛に創作活動を長く続けて社会的な地位を築ければ彼女の選択も報われたかもしれない。病んだ夫をかげながら献身的に支える妻。悩める夫婦の間にまぶしいくらいに颯爽と登場したのが、作曲家志望の青年ブラームスだった。

作曲家のロベルト・シューマンの妻、クララ・シューマンもピアニストとしての才能だけでなく作曲家としての才能がありながらも、内向的で後に精神を病んでいく夫を献身的に支える妻、また彼との間に恵まれた7人のこどもを育てる母としても知られている。そして、夫を尊敬してシューマンの芸術的理解者となり一時生活をともにしたある作曲家の憧れの女性としても、そのロマンスの真偽はともかく、彼女の名前は今日に至っても、尚神々しく輝いている。恩師の妻に想いをよせ、生涯に渡り未亡人となった後の生活を支えてきた青年こそ、天才作曲家のヨハネス・ブラームスである。夫のシューマンだけでなく、金髪の20歳の美青年から「一日中ずっと、昼も夜も、あなたを想います」と愛を捧げられたクララ・シューマン。実在の人物でこれほど素材として映画にしてみたい魅力的な女性はなかなかいないのではないだろうか。これまでにキャサリン・ヘプバーンやナスターシャ・キンスキーが演じたクララを、『善き人のためのソナタ』『素粒子』で一気に知名度があがったマルティナ・ケデックを主役に、ブラームスの末裔にあたる女流監督ヘルマ・サンダース=ブラームスが大胆な解釈をいれて映画化したのが本作である。女流監督らしい視点で、クララの才能とそれに報うことができなかった時代の社会とそれにも関わらず彼女のたゆまぬ努力がよく描かれている。

音楽史上に重要な功績と名前を残した3人の人生が交錯する。音楽ファンにとっては、わくわくするようなシチュエーションであるが、あくまでも主役は美人で才能溢れるクララ。クララ役のマルティナ・ケデックは、ただ綺麗なだけの女性ではなく、7人ものこどもを産みながら演奏活動で生活費を稼いだたくまさしさと、年下のボーイのハートをつかむという難しい両立もこの人だったら”ありうる”と太鼓判をおせる史実に一番近いイメージである。(あのようにピアノと格闘するように弾くスタイルはないと思うが。)ところが、映画では複雑で気難しい性格のシューマン役を演じた俳優パスカル・グレゴリーの存在感に圧倒されっぱなし、またブラームスの真意が無邪気そのものでどこまで本気なのか今ひとつつかめないところがあり、惜しいことにクララの愛の協奏曲も散文的な映画となってしまった。作曲家としての自信と若いブラームスに妻の関心がうつっていくのではないかという疑惑と嫉妬。男としてのプライドと自信と気弱さにゆれるシューマン。その一方で、自分の音楽の最大の理解者であるブラームスへの愛情と、その才能を誰よりも認めて愛でるのもシューマンだった。その複雑な心境は、若かりし頃の傑作「クライスレリアーナ」(Kreisleriana)にその予兆を聴くような気がする。

またここで描かれている天真爛漫なブラームス像は、最初の交響曲の作曲に20年の歳月をかけた粘着質のイメージとは少し違う。恩師の妻をずっと敬慕してきた悶々とした煩悩はない。それはありか。。。と思って観ていたが、ブラームスを演じたマリック・ジディを誰かに似ているとつらつら考えたら、春に聴いたウィーン放送交響楽団でチャイコフスキーピアノ協奏曲を独奏したピアニストのヘルベルト・シュフによく似ているではないかっ。女神に魅せられた青年というよりも、今時のパリのカフェにたむろするギャルソンのような軽さがあるのだが。

ともあれ、美しい音楽と秘められたロマンスは、映画の完成度やお好み以前に観客動員に着実に結びついているようで、良い席を確保するには早めにおでかけになった方がよさそうな盛況ぶりだった。

監督:ヘルマ・サンダース=ブラームス
2008年/ドイツ・ハンガリー・フランス合作