旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

リアチェのブロンズ

2015-09-20 20:17:47 | イタリア

この二体は、1972年に海の底から引き揚げられた、人類のお宝である。紀元前五世紀に製作された古代ギリシャのブロンズ像が現代まで生き残る事自体がきわめて希。これらはさらに最上の質をも兼ね備えている。



イタリア半島のつま先に位置するレッジョ・カラブリアの国立博物館

長年の改修がまだつづけられているが、このブロンズ像と他いくつかの重要なものだけは公開されている。ここ数年でも展示場所や方法が変転していたようだが、幸いにも今回はとても良いコンディションで見る事ができた。


専用の空調が施された部屋に、この二体は立っていた

そう、古代ギリシャのブロンズ彫刻が支えなしで自立しているという事自体にまず、驚きを感じる。接地面は人間と同じく両足の面積しかないのだ。紀元前五世紀につくられた当時も石の台座に固定されていただろうが、二千五百年近くを経た現代ではそれ以上の自然さで立っている。

自然であり完璧な人体の描写。古代の台座に固定していただろう内部の構造に代わり、現代ではもっと安定した支柱を入れていたにしても、地震が起こったときに、この細い脚ではどうなってしまうのか・・・。


「この台座は特殊な構造で、フィレンツェのダビデ像が乗せられているのと同じ人が開発したんです」と、ガイドさん。ロビーのビデオで解説していてやっとその意味がわかった。免震構造になっているのだった


この二体は髭の濃い若い人物をA、細長い頭で兜をかぶったように見えるもう少し年長の人物をB、としている。


●A 内部に残っていた粘土から紀元前460年ごろにアルゴスで造られたと考えられる。右手には長い槍を地面に垂直に立てて持っていたと考えられる。たしかにそのような手つきである

左手には盾。頭は兜をかぶっていただろう穴が見られるが、この兜は一度完成した後に付け加えられたかと推察される。Bと比べて、兜がない頭も完全に造形されているから。兜自体はみつかっていない。


目は当初象牙と思われていたが、分析の結果カルサイト(方解石)である事がわかった。唇は銅。歯はひとつひとつ銀の板でできている。★下げられた右手の静脈

上に位置する左手の静脈

それぞれしっかり描写されている。

歯がわざわざ強調されいる。この事から、「テーバイ攻めの七将」のうちのTydeus(トゥーデウス)だと推察されている。アルゴスの将の一人だった彼は、アテネ神から不死を与えられようとしていたが、テーバイとの戦場で瀕死となった時、敵の頭をかち割って脳みそに噛りつくという所業に出たため、神にうとまれ、死を迎えたとされる。 こんな逸話を持つ人物だからわざわざ歯を見せたかたちでつくったのだとされているのだ。


●B

Aより30年ほど後にコリントで製作されたと、内部に残された土から推察されている。 Aとセットの作品ではなかったのだ。 


はじめてこの二体の存在を知った時、当然この二体はセットで制作されたのだと思い込んでいた。大きさもAが2メートル05センチ、Bが1メートル98センチとほぼ同じ。コントラポストに立つ様子も両手の位置も似ているから。


これらはしかし、同じ船で輸送されている途中に海中に沈んだだけだった。元あった場所はちがったらしい。船が沈んだと思われるローマ時代、誰かがこの二つをペアにして売り込もうと考えられたのか?細長い頭部は未完成である。もともと兜が被せられていたたかと推察できる穴がある。これは、製作当初から木製の兜を装着させるためにあったらしい。耳が下半分だけしっかり描写されていることからも、兜付がもともとの姿だったことがうかがえる。


目はカルサイト(方解石)。片方しかないが、何もない目の方が意志の力を発しているように見えた。※ローマ国立博物館(パラッツォ・マッシモ)にある「休息する剣闘士」と同じように、時に「存在しないこと」によってこそより深い表現になることがある。


右腕、よく見ると少し色がちがっている。分析の結果オリジナルではなく、古代に修復されたものだと分かった。それは、材料分析で裏付けられた。オリジナルの部分は銅と錫二つの合金。ローマ時代の修復部分はそれに鉛を加えた三種の合金でつくられていた。左腕もオリジナルではなかったが、上腕部分だけはオリジナルの材料を溶かして再利用していた。肘から指先までは右腕と同じローマ時代の材料であった。



 Bは一見迫力においてAに劣っているように感じられるかもしれない。が、実はAとはちがった深い表現がされているように思える。


この人物は前述の「テーバイ攻め」の時に、その予知能力によって七人全員の死を予見し、出陣を止めたアンフィアラウスと推察されている。少し憂鬱そうに見えるのは、自分達の死を知っているためだというのだ。


Aの若さ、筋肉隆々・自信満々の溌剌とした姿。それにに比べ、Bは年齢を経て衰え行く肉体で表現される。「人生は若いころに思うように簡単にはいかない」と理解した男の姿。それでもたたかっていかねばならない現実に立ち向かっているように見えるのだ。


***


この二人の戦士のすぐ近くに、頭部だけのブロンズが置かれている。こちらも秀逸。


あきらかにモデルがあって制作されたと分かる、あまりにもリアルな年配男性の頭部。


これにくらべると、下の像はいかにもステレオタイプの「神」の頭部である


***


もうひとつ。前出のクラシック期ブロンズ像群よりも百年以上古いアルカイック期に製作された青年像。いかにもなアルカイックスマイルをたたえた直立の像は、人間なのか神なのか?カールした髪が赤く残っているところから、もとは彩色されてた部分も多かったのだろう。弓矢を持ったアポロとして復元している図もあった


★レッジョ・カラブリア国立考古学博物館で、2015年9月現在公開されている主なものはこれだけ。だが、ギリシャ時代のブロンズ彫刻を語るのに、外せない作品であるのは間違いない。


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